ティエリーは自分の気持ちを全てサイモンに話したし、サイモンもティエリーの携帯端末のデータを自分のサーバーにバックアップしていたことや、メッセージを覗いていたこと、チョーカーに発信機を付けていたことを話してくれた。
サイモンにとってはそれは大きな意味を持つことだったようだが、ティエリーにとってはサイモンが自分に執着してくれているようで、その独占欲が心地よく、幸せなだけだった。
これからはしないと誓おうとするサイモンに、これからもしてほしいとティエリーが言えば、サイモンは迷っていたようだが、それを続けてくれると言ってくれた。
今すぐにでも抱いてほしかったが、それはできないようなので、ティエリーはサイモンに今度こそ家族にしてほしいこと、子どもが欲しいことを伝えると、サイモンはどちらも了承してくれた。
幸せな気分でサイモンのベッドで口付けを交わし、一緒に眠って、ティエリーはサイモンに送ってもらって翌日は警察署で証言をした。
あの男が人身売買組織の黒幕だったということは知らなかったので驚いたが、あの男にされたこと、ティエリーがパン屋に住み込んでいた町であの男に捕まってからのことを詳しく話すと、担当のジルベルトは静かに話を聞いてくれて、調書を作ってくれた。
証言が終わった後で、警察に呼ばれた医者が来て、ティエリーの背中を調べて、ティエリーに説明した。
「あなたの背中の一部に、発信機が埋め込まれています。人身売買組織がオメガの位置を知るために埋め込んだものです。薄くですが皮膚を切る必要がありますが、それを取り出してもいいですか?」
「お願いします」
元々受けた拷問で背中は傷だらけだったが、そんなものが仕込まれていたとは知らなかった。人身売買組織の黒幕はその発信機を元にティエリーの居場所を突き止めたらしい。
皮膚に麻酔薬を塗られて、小さく皮膚を切られて取り出された発信機は小指の爪よりも小さく薄かった。
「これであなたは完全に自由です。傷は縫うまでもないので、ガーゼで押さえておきます」
ガーゼを貼られたが小さな傷なのでそれほど気にならず、ティエリーは解放されてジルベルトに送ってもらってサイモンのマンションに戻った。
サイモンは事後処理で忙しかったようだが、定時に仕事を終わらせて帰ってきてくれた。
ドアが開いた瞬間サイモンのフェロモンを感じて、思わず椅子から立ち上がってティエリーはサイモンに抱き着きに行っていた。サイモンはティエリーを抱き留めて、口付けてくれる。
「ただいま。待たせたかな?」
「サイモンがいない間に冷蔵庫のものを少しもらいました」
「気にしないで何でも使っていいよ。夕食にパンを買ってきたんだ」
パンの袋をテーブルに置くサイモンに、ティエリーは袋の中を覗き込む。どのパンも見たことがあって、ティエリーは作り方も頭の中に浮かんだ。
「このパン屋で従業員を募集している。オメガでもいいか聞いたら、構わないと言ってくれた。このマンションから徒歩で通えるし、一度見に行ってみないか?」
「行きたいです」
サイモンとまた暮らすとしても、ただ養われて囲われているような状況ではよくないとはティエリーも思っていた。それをサイモンは気付いてくれていたようだ。パン屋の経験があるのでパン屋での募集を探してくれたのだ。
「ありがとうございます。あの、これ、少ないんですけど、わたしの初めてのお給料です。サイモンに使ってほしくて」
「そういう大事なものは自分のために使うといいよ」
「いえ、大事なものだから、サイモンに使ってほしいんです」
給料の入った封筒をサイモンに渡そうとすると断られてしまう。どうしても受け取ってほしくて粘っていると、サイモンが提案した。
「医者に子どもを作ってもいいと言われたら、子どものためのものにそれを使わないか?」
「それで、サイモンはいいですか?」
「おれじゃなくて、ティエリーが決めてくれ」
「わたしは……赤ちゃんのために使えるなら、それでもいいです」
サイモンは絶対に受け取ってくれないだろうし、子どものために使えるならこれ以上のことはない。ティエリーが納得して封筒をサイモンに預けると、サイモンは「預かるだけだからな」と言って受け取ってくれた。
次のサイモンの休みに、サイモンはティエリーを第二性に特化した病院に連れて行ってくれた。病院で診察を受けたティエリーは医者に身を乗り出して聞いていた。
「赤ちゃんを作っても大丈夫ですか?」
「そんなに急ぐことはないと思いますが、妊娠は可能ですよ。クルーゾーさんの精神も安定してきているようですし、夫夫で話し合って、家族計画を決めたらいいのでは」
医者からも許可はもらった。
次のヒートではサイモンは避妊をしないでティエリーを抱いてくれるだろう。
今からティエリーはそれが楽しみでならなかった。
「これまで避妊をされたことってなかったんですよね。直に吐き出されて、気持ち悪くて、嫌だった思い出しかないんですが、サイモンと過ごした初めてのヒートでは避妊をされるのが寂しかったんです。中で出してほしかった」
帰りの車で正直に伝えると、サイモンが顔を赤くして唸っていたので、自分はなにか言ってはいけないことを言ってしまったのかと反省したが、サイモンがティエリーを叱ることはなかったので、何がいけなかったかは分からなかった。
発信機を取り出した傷口もきれいに治って、自分は落ち着いていると判断したので、ティエリーはバスルームで後ろの準備をした。中をきれいに洗浄して、ボディソープを使って拡張して、すぐにサイモンが入れられるようにして、ボディソープを流して出て来ると、サイモンが入れ替わりにシャワーを浴びにバスルームに入った。
サイモンが出て来るまでの間、ティエリーは緊張してサイモンの部屋のベッドに座っていた。
オメガとはいえ男性なので、ヒート期間中以外は受け入れる場所はあまり濡れないし、柔らかくもならない。サイモンはアルファらしい大きさなので、ヒートのとき以外に抱き合うとなると入念な準備が必要だった。
サイモンがバスルームから出てきたので、ティエリーはサイモンに抱き着いて口付けをねだる。口付けて、ベッドに押し倒されたところで、ティエリーは恥じらいながらもサイモンに告げた。
「ちゃんと準備してあるので、すぐ入ると思います」
「え? ティエリー?」
「あの、いけませんでしたか? 狭いのに無理やり入れる方がお好みでしたか?」
「ちょっと待って。ティエリー、座って」
ベッドから起こされて座らされて、サイモンもティエリーの横に座って、真剣な表情で問いかけられる。
「バスルームにローションとか用意してなかったよね? どうやって準備したの?」
「シャワーで洗浄して、ボディソープで拡げました。ボディソープは流しているので、変な感触はしないと思うのですが」
素直に答えると、サイモンが長く息を吐いて額に手をやった。
どうやらティエリーはサイモンのお気に召さないことをしてしまったようだ。
慌てて取り繕う。
「嫌だったなら、次からは控えます。サイモンは準備するのも自分で見たいタイプでしたか? それとも、洗浄も見せた方がよかったですか?」
「ティエリー、ボディソープは体によくないからやめてくれる? ティエリーが恥ずかしくて、自分で準備したいんだったら、バスルームにローションを用意しておくよ。特に拘りがないんだったら、準備はおれに任せてくれる?」
「洗浄もですか? あれは、ちょっと恥ずかしいので、見せたくないのですが」
「見せたくないことはいいよ。見せてもいいことだけおれに任せて」
怒っているわけではないようだ。
ボディソープが体に悪いというのは初めて聞いた。前回サイモンが抱いてくれるかもしれないと思って準備したときに、お腹を下したような記憶はあるが、それが原因だとは思い至らなかった。
「すみません、ローションを使ったことがないので分かりませんでした」
「謝らなくていいんだ。ティエリーはもっと自分の体を大事にしてほしい」
それからローションを使ってサイモンに抱かれたが、ローションを足して更にサイモンに拡げてもらって、やっとサイモンを受け入れることができたから、ティエリーは洗浄以外の準備はサイモンに任せた方がいいというのがよく分かった。
ヒート期間ではないときに初めてサイモンに抱かれたが、サイモンは丁寧で優しかった。じれったいくらいで、最後にはティエリーは「はやくいれて」と泣いてしまったし、「もっとして」と浅ましくねだってしまった。
終わった後もサイモンは避妊具を処理して、ティエリーをバスルームに連れて行ってローションや体液を洗い流し、ティエリーと一緒にバスタブに入ってティエリーの顔に口付けを振らせた。
ヒート期間中も甘やかされていると感じていたが、そうでなくても完全に甘やかされていて、ティエリーは体が溶けそうなくらい気持ちよかった。
「サイモン、すき」
「おれも、大好きだよ」
「あいしてます」
「おれも、愛してる」
何度も口付けを交わして、ベッドに戻ったら盛り上がってもう一度繋がるかと思ったが、サイモンはティエリーを抱き締めて眠ってしまった。ティエリーは少し物足りなかったが、サイモンに抱かれたことは幸せで、ただただ気持ちよくて、ぐっすりと眠ることができた。
その次のサイモンの休みには、ティエリーはパン屋に連れて行ってもらった。パン屋の店主は若い女性で、数人の従業員を抱えた大きめの店舗だった。イートインスペースもあって、そちらの従業員もいる。
「経験があるって聞いていますが、厨房に入ってもらうつもりで大丈夫ですか?」
「はい。もっと田舎町ですがパン屋で働いていました」
「ここで修業しながら、資格を取ってもらう形になりますが、それも大丈夫でしょうか?」
「オメガなのに資格が取れるんですか?」
オメガは性的にしか役に立たない。
性欲を満たすためだけに存在している。
子どもを孕ませるためにいる。
人身売買組織の子どものオメガを育てる施設ではそういう風に教え込まれていた。ティエリーが田舎町のパン屋で働けたのもジルベルトの口添えがあったからで、そうでなければオメガなど雇ってもらえなかったのではないか。
そう思っていたティエリーにサイモンが肩を抱く。
「オメガでも資格は取れるし、働くこともできる。ティエリーが経験があるからパン屋にしたんだけど、他の資格が取りたいなら別の場所を選んでもいいよ」
サイモンはティエリーを家族にしてくれただけでなくて、ティエリーの世界まで広げようとしてくれていた。
「パン屋がいいんです。サイモンに美味しいパンを焼きたい。わたし、ここで働いて、資格も取りたいです」
「それなら、履歴書を用意して、明日からよろしくお願いします」
店主の若い女性に手を差し出されて、ティエリーは意味が分からずにじっとその手を見ていると、サイモンが「握手だよ」と教えてくれて、握手をすることができた。
翌日から働き始めたパン屋での仕事は朝は早いし、重労働だったが、田舎町でのパン屋で慣れていたのでティエリーはそれほどつらくはなかった。
サイモンもティエリーが起きる時間に一緒に起きてくれて、朝食を作ってくれる。
サイモンは生活時間が違うのに申し訳ないとは思うのだが、気にしていない様子だった。
「ティエリー、パン屋の仕事に慣れたら車の免許を取ろうね」
「わたしが車を運転するんですか?」
「子どもが生まれたら、車での移動が楽になるよ。ティエリーも車を持っていた方が自由に行動できるだろう」
車の運転ができればパン屋の厨房だけでなく配達の仕事もできる。
子どもが生まれれば保育園に子どもを送って行かなければいけなくなるかもしれない。
病院にも自分で行くことができる。
アルファというものはオメガの行動範囲が広がるのを嫌がって閉じ込めておきたがるものなのではないかと思っていたが、サイモンはそんなことはないようだった。
サイモンにならばどれだけ閉じ込められても幸せなだけだが、サイモンはティエリーに自由をくれようとしている。
「サイモン、次のヒート、わたしもお休みがもらえると思うので……」
「一緒に過ごそう。番休暇を取るよ」
「わたしも」
約束をして、ティエリーはパン屋に出勤する。
田舎町のパン屋のように午前五時からではなかったが、午前六時半からなので、午前六時にはマンションを出なければいけなかった。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、ティエリー」
口付けとハグで送り出されて、ティエリーは幸福な気分で朝の町を歩く。
サイモンがそばにいる生活は、ティエリーを満たしてくれていた。