目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

取り立ては待ってはくれない(2)

 奴隷には幾つか種類がある。重大な犯罪を犯した者が与えた損失を補填する為の犯罪奴隷。同じく凶悪事件を起こした者が一生を労働刑に処すための重犯罪奴隷。貧しい家が口減らしに商人に子などを売る一般奴隷。そして、借金のカタなどで徴収される借金奴隷。

 解放される条件も違えば、主人になる人の扱いでも違うが一様に言える事がある。

 奴隷は主に逆らえない。危害を加える事もできない。

 犯罪奴隷以外の者達が願うのは、せめて主となる者が良心的であること。そのくらいだろう。


 父はそれでいいと思ったんだ。そして借金を踏み倒した。それによってハインツが奴隷落ちしても、あの人は何も困らないと思ったのだろう。


 不意に肩に触れる手があった。俯いていた顔を上げるとアーベルが、しっかりとした目でこちらを見ていた。


「そのような事には致しません」

「あの」

「ろくでなしの親は後で必ず制裁を受けます。忘れてはいけません、ハインツ様。この悲しみと怒りを、いつかこの男に」


 言われて……それも悲しく思えて首を振った。

 思い出などない。顔も朧気にしか覚えていない。でも、血は繋がっているんだ。


「忘れ、ます」

「……それでいいのですか?」

「今後、縁は切りたいと思います。それで、不問にします」


 これがハインツに出来る精一杯の復讐のように思えた。


 だが問題は担保が変わっている事。借金の額といい、担保がハインツ自身から領地に書き換えられている事など、あり得ない事が起こっている。もしもアーベルがこれら原本の書類を回収していなかったらどうなって……ん?


「あの……」

「はい?」

「どうして父の直筆の借用書をアーベルさんがお持ちなのでしょう?」


 問うと、彼はニッコリといい笑顔を浮かべる。人差し指を唇に当て、シーとしているけれど……いやいや!


「ハインツ様、そちらは領地屋敷を取り仕切っておりました執事が、アーベル様に託したものでございます」


 このやりとりを聞いていた先程の女性が一言硬く伝えてくる。眼鏡の奥の瞳が鋭く光った。


「この借用書の内容を知っていた執事が危機感を募らせ、ハインツ様に何かあるのではと思い密かに確保、保管しておりました。アーベル様は事の次第を説明し、これら書類を託されたのです」

「アンネリース」


 言わないつもりだったのに、とでも言いたげなアーベルが彼女を呼ぶと、彼女は丁寧に礼を取って下がった。


(私の窮状を知って、こんなに手を回してくれていただなんて。アーベル様に足向けて寝られない。向けるつもりもないけれど。もう一生尽くそう。この方の為に私は生きる!)


 密かにキラキラな目を向けるハインツであった。


 それにしてもなんてザルなんだろう。書類を見ると一年ごとに借金の総額が書かれている。そこには利息は年〇.一五倍とある。が、書かれた金額は〇.三倍計算じゃないだろうか。

 これを見落としたなんて。


「父はどのような領地運営をしていたのでしょう。計算すればもっと早く異変に気付けたのに」

「仕方がありませんよ、凡庸なベータで、更にやる気もないのではね」

「……え?」


 思わぬ事にハインツが顔を上げる。

 今、父はベータだと言わなかったか?


 信じられぬ思いで見ていると、アーベルが苦笑して頷いた。


「貴方の父君と母君はベータですよ」

「え! でも、私はオメガだし、義兄はアルファじゃ」

「ベータ同士でも、先祖にアルファやオメガの血が多く入っていればそれらが生まれる可能性があります。貴方の祖父殿はアルファでしたし」

「でも、両親はアルファとオメガだと」

「貴族社会ではベータの跡取りは見劣りがしますから、第二性を偽って言う事は多くあります。それに、祖父殿には跡取りとなる息子が一人と聞きました。他に継げる者がない場合はベータでも爵位を継承できます」

「そんな……」


 ずっと頑なに信じてきた。その全てが、虚構だったのだろうか。


 なんだか凄く疲れる。知りたくなかった事ばかりで頭がいっぱいになってしまう。人を疑うのは嫌なのに、疑いばかりが出てくる。

 悲しくて泣きそうなハインツの隣にアーベルが座る。そしてそっと、腕を回してくれた。

 逞しすぎるハインツの肩にアーベルの手が微妙に届かないけれど、心の中では余裕で届いている。向き直り、受けとめてくれる優しい笑顔を浮かべる彼の胸に岩が割れそうな程に硬い額を押し当ててハインツは甘えた。


「苦しい事を沢山伝えなければならなくて、すみません」

「そんな……アーベル様が悪いわけではありません。私の為に色々と調べてくださり、本当にありがとうございます」

「俺の大切なお嫁様がこれ以上搾取されるのは我慢なりません。貴方は幸せになるべき人だ。今は悲しんでも、どうか顔を上げて」

「アーベル様……」


 見下ろす白皙の美貌。黒く縁取られている美しい笑みを見つめ、ハインツは笑って頷いた。


「これら書類は既に王国の騎士団に俺の名前で提出済みです。あと、領地屋敷でこれら書類を探していた不審な人間も捕らえて騎士団に預けてあります」

「そこまでしてくださったんですか!」


 なんて素早い。驚きと尊敬の眼差しを向けるハインツに笑ったアーベルの目が、一瞬のうちに鋭くなった。


「さて、問題はカロッサ商会の裏にいる者ですが……まぁ、なんとかなるでしょう。今夜、乗り込みますよ」


 そう薄く笑ったアーベルの笑みは暗く、鋭いものであった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?