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取り立ては待ってはくれない(3)

◇◆◇


 その夜、アーベルは本当にカロッサ商会の入る建物に来てしまった。

 メンバーは債務者であるハインツとアーベル、そして秘書だというアンネリースだった。


 訪ねると通してはくれたが、明らかにこちらを脅す気しかない。顔に刺青のあるスキンヘッドや、傷のある男、真っ赤な舌でダガーを舐める異様な奴など、とにかく怖い場所だ。


(うぅ、怖いぃ。こんな人達ばかりなんてここおかしいよぉ。私が絶対にアーベル様とアンネリースさんを守らないと!)


 か弱く華奢で体の弱いオメガはここにはいないのだ。


 そうして通された一室は、入った瞬間に帰りたくなる場所だ。部屋自体は綺麗なのだが、これ見よがしな調度品で目がチカチカする。革張りのソファーセットも寛げない。何より控えている男達の人相が犯罪者みたいなんだ。


 その中で出迎えた男は、またこれらの男達とは違う異様さがあった。

 背がひょろっと長細くて手足も長く、顔色はあまりいいとは言えない。痩けたような細い輪郭で目は暗く光を失い、口元は出っ歯。アーベルと同じ黒髪だが、こちらはべたっと張り付いたようであまり清潔感がない。


 そんな男がこちらを下から睨み上げるように見るのだ。


「お初にお目に掛かりますね、ハインツ様。噂に違わぬ屈強な肉体だ」

「はぁ……」

「アーベル殿も初めましてかな。お噂はかねがね」


 あまり、聞いていて気持ちのいい声ではない。暗く沈み込み、絡むようにゆっくりとした話し方。目には暗い光が宿ったように思える。


 鼠みたいだ。そう思った。


「さて、ハインツ様。貴方のお父君が踏み倒した借金について、本日が期限となっております。八千万G、きっちりと払って頂けるのですよね?」

「それは!」


 そもそも正しい計算でいけば金額は六千万G程度となった。明らかに違法だ。

 その事実を突きつけようとしたハインツを押しとどめたアーベルが背後のアンネリースへと視線を向け、彼女が小さな袋をひっくり返す。

 するとそこから袋が八つドサドサと出てきた。


 なんか、この光景既視感が……。


「八千万G、確かにございますよ」

「な!」


 これには目の前の男、ジーモン・カロッサも驚いた顔をしたと同時に焦りの様子を見せた。

 それで、やはりアーベルの予想が正しかったのだと確信した。


 アーベル曰く、おそらく彼らの狙いはケンプフェルト領だというのだ。

 ケンプフェルト領は王都の隣で、森林も多い領地。そして隣国との国境である大森林地帯に接している土地でもある。

 つまり、隣国がもしも攻めて来た時には真っ先に立ち上がってこれを防ぎ、可能ならば弾き返さなければならない。

 カロッサ商会は金貸しであると同時に暗い取引もしている黒寄りのグレーな商会で、隣国とも接点がある。

 ケンプフェルト領を抜け殻にすれば王都陥落は容易くなる。という悪巧みを予想したのだ。


「……全て本物で、きっちりあるだと」

「これで問題はないはず。返済証明書を頂きましょう」


 笑顔のアーベルを憎らしく睨むジーモンは、だが次に口の端を上げる。


「そういえば、返済を半年待ったのでしたね。その分が」

「止めた方が身のためだ、カロッサ。こちらは契約当初の借用書の全てを持っている。これの意味しているところが分からないわけではない」

「っ!」


 ギギギギギッと奥歯がすり減るような音がする。そして視線はハインツへと向かった。


「ハインツ様、騙されてはなりませんぞ。どのような経緯でこの男が借金を肩代わりするのか分かりませんが、この男はとんでもない悪党だ」

「え?」


 瞬間、空気が明らかに冷たくなった。驚いてアーベルを見ると、見た事の無い冷たい目をしている。

 ……別に、善人だなんて思ってはいなかった。無償の親切は危険だと、祖父はよく言っていた。人は必ず見返りを求めるとも。

 それでも、嬉しかったんだ。どん底のハインツに声をかけて、優しくしてくれて、助けると言ってくれた事が。


「この男は安く子供を買っては奴隷にして働かせる奴隷商ですぞ! そこの女も奴隷でしょう! しかも奴隷に戦闘訓練をさせて傭兵として使い潰している! 貴方もその体を狙われただけ。この後は奴隷落ちが待っているだけですよ!」

「っ!」


 驚いた。でも……そうか。

 ハインツは笑えた。これがどうして、嫌じゃなかったんだ。寧ろ嬉しい。恩を返せる。この体を使ってもらえるなら、それもいいんだと思う。


 アーベルを見つめると、視線だけで人を殺しそうな雰囲気がある。


(いやん! 旦那様の暗い顔もイケメン! 王子様は黒くても王子様なのね!)


 でも、やっぱり笑って欲しいから、ハインツは笑ってアーベルの手を握った。


「私はそれでも構いません」

「ハインツ様!」

「貴方の役に立てるのなら、嬉しいと思います。寧ろオメガとして求められるより、ある意味納得と申しましょうか」


 この肉体が頑健であることはハインツも分かっているし、戦闘能力の高さも理解している。オメガとして求められないのは……少し寂しい気もするけれど、でも役に立てるのに変わりはないから。


 けれど隣のアーベルは強い力でハインツの手を握った。


「貴方は俺のお嫁様になるのです! 誰が奴隷にすると言いました!」

「え?」

「……はぁ?」


 必死な瞳は真っ直ぐ射貫くようにハインツを見る。

 これにハインツはポポポッと赤くなって湯気が出て、ジーモンはとんでもないものを見る目をしている。


「本気か、貴様。こんなゴーレムのようなオメガを嫁にしようってのか! 爵位の為とはいえ、何を考えている!」

「誰が爵位の為だなんて言った! この方はとても可愛らしく愛らしい方なんだぞ!」

「お前こそ何を言っているんだ!」


 どちらが正論か、もはや分からないな……。


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