先陣が倒してくれているとは言えここは本拠地。無限のように湧いて出る。それを一気に切り裂きながらハインツは進んでいる。
後方はベルタが弓で仕留め、アーベルの魔法が薙ぎ払う。
ハインツの側にはリベラートが付いて、二本のダガーで華麗に屠っていく。一方ハインツは拳だ。バスターソードは重いから。
「ふんぅぅぅ!」
『ギャァァ!』
唸る拳は打ち付ける鉄球の如く破壊力で、一振りで数体のゴブリンが倒れていく。この方法、凄く汚れるし殴った瞬間の感触が気持ち悪いから本当は嫌なんだけど。でも、一番手間がないんだよ。
「流石です!」
こんな状況にも関わらずアーベルの褒めが飛んでくる。嬉しい。でもはしたないからあまり見ないで。
そうして突撃していると、やがて前方に知っている二人の獣人が見えてきた。
「フィデーレさん! ジーノさん!」
「おぉ、ハインツ様か……って! きったねぇ!」
「どうしたらそんな汚れんだ大将!」
チーター族のフィデーレは細いけれど脚力が強く俊敏で鋭い。
そして虎族のジーノは体も大きく逞しいがこれで素早くもある。
戦闘狂馬鹿二人と言われる人物だ。
そんな二名にまで「汚い!」と言われたハインツは乾いた笑いを浮かべていた。そこに脇からゴブリンジェネラルが剣を振り上げて襲ってきたが、ハインツはその剣を拳で砕き、更にもう片方の拳を顔面に見舞った。
強度は上がっているはずの上位種の顔は見るも無惨。出るものは全部出してそのまま絶命した。
「すみません、驚いて」
「「その格好で来るな!」」
流石にそれはないそうです。
アーベルも加わって一際立派な屋敷へと駆け込んだハインツとフィデーレ達は、そこで山のようなゴブリンを見た。
棍棒のような腕にでっぷりとした腹。もさもさの髪の間から見える目は冷めているが光ってもいる。興味がない、そんな感じだ。
「キングのおでましだ」
そう言いながらフィデーレが前へと出て剣を一閃させる。だが芋虫のようなキングの指がそれを摘まむようにして掴み、折ってしまった。
「な……」
「フィデーレ!」
フィデーレへと伸ばされる手。その大きさは彼の体を掴み、握り潰す事も可能なものだ。
咄嗟にその手を蹴って遠くへと逃げたが、彼の額に冷たい汗が伝ったのは間違いない。
「化けもんだな」
恐れは無い。けれど警戒は高めた。そんな様子を見て、ハインツはグッと己を鼓舞して前に出た。
「ハインツさん!」
「……」
止めるアーベルだが、真っ直ぐに睨んだハインツは引かなかった。
こうして正面から対峙すると頭二つは大きい。体格もあちらが優位。
だが、負けるつもりなんてない!
あちらもやるつもりだ。拳を振り上げる、それをハインツは下から受けとめた。
「ぬあぁぁぁ!」
「無茶だ大将!」
どっしりと腰を落とすハインツ。そこにもう片方の腕も振り下ろされる。両手を互いに組み合っての力勝負は明らかにキングに分がある。だが、それで引く訳にはいかない。
体重をかけられ腕の筋肉が悲鳴を上げる。落とした腰に圧がかかる。粗末な石造りの床が僅かに砕けて沈み込む。
「ハインツさん!」
声が嬉しい。その声だけで力を貰える!
「ぬおぉぉぉぉぉ!」
雄叫び一つ。ハインツは押し込まれていた体勢を五分に持って行く。それどころか組んだ腕に筋肉と血管を浮き上がらせながらキングの胸に思い切り頭突きをした。
『グオォォォォ!』
獣が吠えるような声を上げたキングはそのまま仰け反るように倒れていく。ハインツとも距離が取れたその瞬間、恐ろしい気配が背後で弾けた。
『ボルトスピアー!』
瞬間、雷を集めて束にしたような強烈な雷撃がゴブリンキングの体を串刺しにした。胸に刺さり、そのまま恐ろしい威力で放電したそれに撃たれゴブリンキングの体は踊る。やがて完全に動かなくなるまで、その槍は消える事はなかった。
目の前でゴブリンキングが炭になった。
それを目の当たりにしたハインツは何だか気が抜けてドサリと尻餅をつく。そして次には震えてきてしまった。
「こ……こわがっだぁぁぁ」
「今更かよ!」
その場に居合わせた全員(アーベル除く)からの総ツッコミであった。
キングが倒れた事で統率されてきたゴブリン達はバラバラに逃げ、後続隊に次々に討ち取られていった。
念のため脱走防止に冒険者もいたことから早々に追うこともやめ、現在は治療や探索が行われている。幸い、近隣の町や村から人が攫われて……なんて事はなさそうだ。
ハインツもリアの治療を受けている。大きなものはないが、ゴブリンキングの体重をかけられていた腕や足には多少の負荷がかかっており、これらを取る処置がされている。
「無茶が過ぎますわ」
「すみません」
少し怒り気味のリアに素直に謝ってしまう。まぁ、なかなか大変だった。
「アーベル様が倒れてしまいますわよ」
「え?」
お説教のように伝えられて、思わずアーベルを見てしまう。
今はローゼンハイム家の騎士と何やら話している。ゴブリンキングの遺体を確認し、記録し、体の一部を持ち帰る。討伐証明だ。
他にもゴブリンジェネラルなどは追加報酬になる。それらも現在査定されているのだ。
「あなたの事が本当にお好きなのよ。自慢するみたいに部下に話しているのですわ」
「恥ずかしいです」
「……あんなに浮かれるアーベル様は、これが初めてです」
やや沈み込むような様子にハインツはなんて言えばいいか分からない。
そういえば自分はアーベルの過去とか、そういう事を知らない。冷静に思えばあのタイミングで助けてくれたのも、領地への根回しや調査も、用意された現金も都合が良すぎる。
以前ハインツに助けられたと彼は言った。それすらハインツは未だに思い出せない。いつだったのか……大事な事のように思うのに。それを暴けば今の関係が崩れそうな、そんな不安があるのだ。
そこに話の終わったアーベルが来て、気遣わしい様子で頬に触れ、髪に手を梳き入れた。
「大丈夫ですか?」
「はい。大きな怪我はないので」
「負荷は軽減しましたわ。でも、戻ったらゆっくり休んでくださいませ。こういうことは休息が一番ですもの」
そう言ってリアは去って行く。残されたハインツとアーベルは少しの間言葉がなかった。
だが、触れてくれる手の動きが優しくて……もどかしくて。ハインツは彼を見つめて頼りない目をしてしまった。
「そのような弱い目をなさるとは、ハインツさんは狡い」
「え?」
「キス、したくなります」
「え!」
うっとりと愛を囁くように伝えられる言葉に、ハインツのチョロい心臓はドキドキしてくる。カッと顔も熱い気がしてオロオロすると、思い切り笑われてしまった。
「あっ、からかったんですか!」
「違いますよ。貴方にキスしたいのは本当です。とても勇ましかった。とても、格好良かった。俺の愛しい人はこんなにも雄々しくて素晴らしい人だと再確認いたしました」
嫁に対する評価としてどうなんだろう。
それでも「愛しい」なんて言われたら素直に嬉しいし照れてしまう。それに、キスしたいというのも……こんなゴブリンの血まみれ、汗臭状態でなければ嬉しいんだ。
オメガだからか、愛されていると感じると胸の奥が切なく熱くなるんだ。
「でも同時に、とても怖かったのです」
「アーベルさん」
「俺は腕力では貴方の隣に立てない。前線で戦い、率先して危険に飛び込み仲間を助けようとする貴方を尊いと思う一方で、何かあればこの胸は潰れるのだろうと感じました。とても、怖かった」
不安そうに揺れる双眸。僅かに手が震えている気がする。お人形のように綺麗で華奢で、なのに格好良くて知的なアーベルの恐怖が、ハインツを失う事。まだ出会って一ヶ月に満たないのに、こんなに愛されている。それが、愛おしい。
気づけば腕を伸ばしていた。汚れるとか、臭いとか、そういう事が一時的に抜けていた。ただ目の前の人が愛しくて抱きしめたら、アーベルもまた背中に腕を回してくれた。
「私は貴方を置いてどこにもゆきません」
「はい、お願いします」
そんな様子をベルタやリベラート達が見守り、微笑んでいる。
とても幸せな気持ちに、ハインツはずっと笑顔だった。