この日から1年前の5月、仙台では直下地震があった。僕らも勿論被害にあったし、市内にある大崎八幡宮は今だに修繕真っ最中。
その地震を起こしたのが、沖田洋っていう女の人なんだと。その人が泣くと地震が起きる。
さらには去年の11月にあった京都の地震についても挙げてきて、泣いた日と地震のあった日をメモしたデータまで見せてきた。
嘘にしちゃあ準備が出来すぎてるとは思うけど。
伊東さんは僕や薩日内さんの細かな質問にうんざりすることなく全てに答える。
その誠実さを信じて、本物の呪われたい人だという結論に至った。
けど、薩日内さんはどうするんだろう。ここで伊東さんに呪いを渡すのかな。
「どうするんですか? 薩日内さん」
「……どうって……」
僕はまだ薩日内さんと居たりないんだけど。薩日内さんも俯いて、長いまつげを少しだけ動かしている。迷ってるように見えるけど、どうだろう。
伊東さんはスーツの内側から紙を一枚取り出した。なんか小難しそうだけど、多分小切手ってやつだ。こういう時はこれが出てくる。ドラマで見たぞ!
「言い値でかまいません。金銭は支払います。どうか、呪って欲しいんです」
「伊東さんはその人のこと、そんなに好きなんですか?」
僕の質問に、伊東さんはゆっくりと頷く。
「この先、独りにさせてしまうと考えたら側に居たくてたまらなくなるんです」
「……」
「お願い出来ませんか。もう、あなたしか縋れるものがない」
「と言われても、簡単に渡せるものではないんです。まず、呪いは万能ではありませんよ。私の呪いには制限が付きます。私は宮城県から出られない。そして彼は私から離れることが出来ません」
薩日内さんは僕を見た。離れられないって、そんな。物理的にじゃないのにさぁ。照れちゃう。
僕が薩日内さんから離れられないのは、死ぬ時は同時に死ぬってことなんだけど。
都合良く考えちゃいますよね。
「そんなことが出来るんですか!?」
「めっちゃ食いつきいい」
伊東さんは椅子から立ち上がって目を輝かせた。好きな子と一緒に居たいなら、制限じゃなくてもはやご褒美か。
数メートルでも離れたらダメとかなら嬉しい、他の人間と話せないとかでも喜んでと恍惚した表情を見せる。
この人、俗に言うヤンデレってやつなの?
「制限ですからね」
「どんな制限をかけられるんでしょう? 寝ず食わずなら屁でもないですが」
『この兄ちゃんやべぇな? 衛宗以上のイカれやろうか?』
耳元でカワウソが毒を吐いてるけど、伊東さんには聞こえてない。ていうか、僕はイカれてないけど。伊達家の子孫なのに無礼だな。
「……彼女の感情次第で体調が変わる。というのはどうでしょう。それでしたらお試しで呪いを分けることは出来ます。私にかけられた呪いは、全て渡し切ってから本領発揮されるので。後戻りが出来ないよりマシでは?」
伊東さんはそんなのはいいからすぐにでも、と引かなかった。けれど薩日内さんも譲らない。
死にたがりだった薩日内さんはいなくって、きちんとした相手に、きちんと呪いを渡したいんだって。
呪いでも、尊敬する主君からの賜り物。適当にポンと渡せるくらい、どうでもいいものじゃないみたいだ。
「それに……募集はかけましたが、まだ衛宗さんに見せていない景色もあります。こちらの勝手で申し訳ないですが、試用期間を飲んで頂けないのであれば……お引き取りください」
「薩日内さん……」
僕に情が湧いてるんだ。えぇ? もしかして薩日内さんって僕のこと好きなのかな。男女の関係にならないとか言ってたけど、どうでもいいならこんなこと言わないよね?
思わず薩日内さんに手が伸びたらね、足を思いっきり踏まれた。気のせいでしたね。ごめんなさい!
伊東さんも観念したのか、一息ついて薩日内さんから提示された条件を飲んだ。
そして万が一、伊東さんの好きな人が呪いによって”厄災”を起こしてしまった際、僕らが駆けつけるという保険もつける。
その前金として50万円。ポンと払うってんだからお金あるんだなぁ。
薩日内さんは伊東さんの好きな人の名前を聞いて、最後に問う。
「不死である沖田洋さんに添い遂げたい。彼女の感情が自身の体を蝕んででも、この願いを叶えたいですか?」
伊東さんに迷いはない。
「はい。必ず」
即答だ。ずっと決めてたんだな。狂気にも感じる願いなのに、どこまでも透明な気がする。
薩日内さんはまだ黙り込む。僕が呪いを分けてもらう時も特に儀式的なのは何もなかったけど、観光案内所のカウンターではいどうぞってなるわけないよね?
「それで、呪いは……?」
ほらね。伊東さんも戸惑ってるじゃん。呪うのか呪わないのかハッキリしてあげたらいいのに。
薩日内さんはカウンターの書類を集めながら、ツンとした態度を取る。
「今日はお引き取りください。いずれ結果がわかります」
「これで帰れって……何も変化ないのに返したら、ただ50万円もらっただけになるじゃないですか!?」
『ソーダ! 薩日内、そりゃあねえよ! なあ兄ちゃん! アンタも納得できねえよなあ!』
カワウソも薩日内さんに詰め寄り、伊東さんへ金返せって言ってやれと騒ぐ。
けれど伊東さんは僕のことを驚いた顔で見てるだけ。今回の僕は常識に沿ってると思うけど!?
「……」
「伊東さん?」
「……なるほど。いえ、仮に嘘だったとしても返金は不要です。有事の際は神霊庁に協力して頂くという約束にしてください。また連絡します。それでは」
何も得られていないのに、伊東さんは笑顔で帰って行った。お金持ちにとっては50万円は50円なのかもしれない。
「本当に神様に呪われた人なんているんですかね」
『過去にはいたぞ? すぐ死んだけどな』
「神ってすぐ殺すよね。ラノベでもありがちだよ」
「ラノベラノベって……伊東さんは嘘をついてはいないと思いますよ。大崎八幡宮に居る義理子という職員が、昨年とある女性に手を焼いてると聞きましたからね」
「それが沖田って人ですか?」
「恐らく……にしても、泣いて地震を起こされては私達も困りますからね。ガイド業務が出来なくなるのは、衛宗さんも嫌でしょう?」
「もちろん! 僕の生きがい、ですからね!」
薩日内さんが信じるなら、僕も信じよう。お試し期間中に地震が起きないよう、伊東さんが隣にいてくれればいいんだし。
あとは薩日内さんと僕で人生の終わりを話し合って、譲るか決めるのかな。それまでは毎日色濃く生きよう。
どんな終わりでも、絶対に後悔しないように――。
そして同日、昼過ぎ。
ガタガタっと花瓶が揺れた。
「おやまぁ。地震でしょうかぁ……」
川内さんが天井を見上げ、吊り下がったライトを見る。
「揺れて、ますね……」
『衛宗、デケェぞ! コレ!』
カワウソが僕の頭に覆い被さり、カウンターへ潜るように押し付けてくる。
その瞬間、突き上げるような激震が観光案内所を襲った。
「薩日内さん! 大丈夫ですか!?」
僕の声は激震に消される。薩日内さんは川内さんと抱き合い、なんとかカウンター下に潜り込んだ。
幸いにもお客さんは居ない。とにかくとてつもない揺れで、立つのも座るのも難しい。
もしかして、これが神様に呪われた人の地震――?
揺れに耐えきり、数分後。さっきまで笑っていられた案内所は、見るも無惨に荒れ果てた。ガラスも割れ、電気は落ち、駅構内もめちゃくちゃ。
「薩日内さん……これ……」
「契約した日に……まさか、ですね……」
薩日内さんと僕は手を取り合って立ち上がる。そして視線を合わせ、こくんと頷いた。
「川内、訓練時のオペレーションで怪我人を比較的広いところに集めるよう誘導を。カワウソは化けて川内の補佐!」
「は、はいぃっ!」
『コーユー時は若い兄ちゃんに化けとくか!』
カワウソは一瞬で人に化け、川内さんと薩日内さんの言われた通りに駆けていく。
「衛宗さん、私と一緒に人命救助です。なるべく、死なない私達が危険な箇所を担当しましょう!」
「了解です! 怖いけど……!」
僕らはこの街が壊れても、仙台が杜の都として輝けるように走るだけ。
そこには死にたがる薩日内さんも、生き急ぐ僕もいない。
一緒に居られる誰かが居るってだけで、今を大切に出来ると知った。
それは過去と今と未来を伝える職業に就いたからこそ、胸を張って言える。
案内するのは観光地だけじゃない。
不老不死の僕らは、壊れかけたこの街の明日もガイドする――。
―観光ガイドの薩日内さん 了―
新撰組は呪われたがる。【7章】へ続く