一方、牢屋に入れられたシンディーは、無機質な硬いベッドの上に寝転びながらブツブツとひたすら言葉を零していた。
「私は間違ってない……、あのドレスは私が着るべきもの……、だから鬱陶しいエリンから奪い返そうとしたのに、私が何をしたっていうのよ……?」
日々牢屋から聞こえてくる呪詛のような言葉の羅列に、看守達はげんなりしていた。まるで幽霊が恨み言を連ねているようである。
そんな彼女の元へ、悲惨な結末が告げられたのは、牢屋に入れられて暫く経った日のことだった。
「おい、シンディー・ブライトン!」
「……ああ、看守さん! なあに、どうしたの?
ふふ、分かってるわ。ようやくここから出してくれるんでしょう?!」
「違う。そんなわけないだろう。
……貴様の処刑の日取りが決まった。一週間後だ」
「……、…………へ……?」
シンディーの翠色の瞳が見開かれる。
言うべきことは言い終わったとばかりにその場から離れようとした看守の腕を、シンディーが強い力で掴んで引き止めた。
「おいっ?! 何をする?!」
「待ってよ?! 私の処刑が決まったって、どういうこと?! 処刑って、処刑って……わ、わたし、死ぬの?!」
「やめろ! 離せ、このッ!!」
女の力とは思えないほどだった。掴まれた看守は慌てて仲間を呼ぶ。
呼ばれた仲間の看守が強引にシンディーの手を離すと、彼女の身体は地面に放り投げられた。
そんなシンディーを上から眺めながら、看守達が蔑むように言う。
「当然だろう。隣国の皇弟妃に手を出したんだから、極刑は免れない」
「……隣国の、皇弟妃……?」
シンディーの身体がゆらりと起こされ、ふらふらと牢の入り口方へと向かう。
そしてガシャン!! と柵を力強く掴み、言葉を紡ぎ出した。
「あなた達、何を言ってるの? 隣国の皇弟と結婚するのはこの私なのよ?」
「……は?」
「そうよ、あの美しい男の人と結ばれるのは、同じく美しいこの私のはず……。そうでなければおかしいもの……! エリンがそんな地位に居ることがそもそもおかしいの……!! その場所は私の場所なのに……」
「おい、コイツもうダメだぞ。頭がイカれてやがる」
その様子に引いているらしい看守の男に、隣に立っている方の男が言う。
その者に向かってシンディーは胸元を開きねだるように言った。
「仕方ないわね、看守ごときに私の身体を見せるのは癪だけど……」
「はぁっ?」
「ここから出してくれたら、私の身体を好きにしてもいい権利をあげる。もちろん二人ともによ?
どう? 嬉しいでしょう?」
「…………」
押し黙る看守達。
それにも構わず、シンディーは身体をくねらせながら続けた。
「だからここから出して、ね? お願い」
「……ぶひゃっ、ひゃひゃひゃひゃ!!」
すると看守が突然大笑いをかました。それにつられるように、もう一人も盛大に笑い出す。
怪訝そうな表情を浮かべるシンディーに対し、男が目に涙を浮かべながら言った。
「お前さんなぁ、自分のことをさぞかしいい女だと思っているんだろうが……馬鹿もいいところだ! お前みたいな汚らしい女に迫られて喜ぶ男なんて、いやしねえよ!!」
「……は?」
シンディーの顔が醜く歪む。
「ここに鏡でも持ってきて、今のお前の姿を見せてやりてえな!
臭くて、汚くて、とてもじゃねえが女として見れるわけがない!」
──シンディーは知らなかった。
牢屋の中に自身の姿を映す鏡なぞあるわけがなく。風呂にも入れておらず、薄暗く汚れた牢の中で何日も過ごしている彼女が、どれほど酷い有様なのかを。本人は全く、感知していなかったのである。
「…………な、なぁ……ッッ?!」
そして。
シンディーにとって、自分の美は誇りだった。男たち皆がシンディーの美しさにひれ伏した。男だけじゃない、女だって。
だからこそ、看守達の放った言葉は、シンディーの怒りにとてつもなく火をつけたのだった。
「っふざけるなあァァッ!!」
「うぐっ?!」
看守の首をシンディーが掴む。ふーふーと鼻息を荒くしながら、とんでもない力を両腕に入れていた。
当然隣に居た別の看守が引き剥がそうとするが、先程よりももっと強い力でシンディーは掴んでいる。今度は中々離れなかった。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなああ!! 私は誰より美人、世界で一番美しい女なのよォォーーーーッ!!」
「この野郎っ! 離しやがれ!!」
「ぶッ!!」
看守がシンディーの顔を思いっきり殴る。その拍子に彼女の手が離れ、首を掴まれていた看守はひゅうひゅうと息を整えていた。
殴られた彼女の鼻からはぼたぼたと鼻血が溢れる。
「あ゛……」
看守の男達を見上げるシンディー。
シンディーを見つめるその者達の顔には、確かな怒りが刻まれており。
「このことは上に報告するからな!! 処刑の日が早まらないことを、せいぜい祈っておけ!!」
「あっ、あ……」
待って、という言葉は声にならなかった。
顔が痛い。鼻血が止まらない。いたい、いたい。
「どおしで、ごんなことにい゛ィ……」
何故こうなってしまったのか。それを彼女が理解する日は一生来ないだろう。
「エリンめ……、えりんのくそやろうがァ……っ!!」
顔中を血で真っ赤にしながら、それでも彼女の口から発せられたのは、エリンへの恨み言だった。
そしてそれは、彼女が断頭台に立つその日まで、止むことはなく。
「わたしはわるくない」
「わるいのはぜんぶあいつらなの」
「ねえ、助けて、おねがいだからたすけてよお……っ!!」
そんなシンディーの声を、誰も聞こうとはしなかった。