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第13話 イルディオの家

「ここだ」


 イルディオが顔を上げた。テオも巨木を見上げ、太い幹の中腹に人工物があるのに気がついた。


「あんなところに」

「あそこなら上空からも見つからないし、野生動物との接触も避けられる」

「あ、確かに! すごいね」


 テオは初めて見るツリーハウスにワクワクしていた。

 ふわっと視界が浮く。気がついたら横抱きにかかえられていた。


「誰かを招くのは初めてだ」


 イルディオが少しはにかんだ表情で言った。


 僕が……初めて……。


 その響きにテオも照れくさくなり、同時に嬉しくもなった。


 僕ばっかりじゃない。イルディオも初めてなんだね。


 テオは言われるまでもなく、イルディオの首にキュッとしがみついた。イルディオが微笑みかすかに頷く。次の瞬間、バサッと美しくて大きな翼が広がった。イルディオが二度大きく羽をはためかすと、見上げていた家はもう目の前にあった。

 複雑に入り組んだ太い枝の上に建っているため、足元はビクともしない。

 イルディオが扉を開きながらテオを招いた。


「どうぞ」


 石もレンガも使われていない。木とつるで作られた家は思ったより広く頑丈そうだ。

 中にはちゃんと棚やテーブル、天蓋付きのベッドまである。初めてみる立派で不思議な住居を前に、テオはただただ見渡すばかりだった。


「ここがイルディオの家?」

「そうだ。他にもあちこちに似たような家がある」

「他にも?」


 住居をたくさん持つ理由に疑問が沸く。


 もしかして、ドラゴン族の文化なのかな? ……でも、確かドラゴン族はゴゾア山に住んでいるはずだし……さっき、上空からも見つからないって……。

 イルディオは誰から隠れているの?

 湧き上がった疑問はなんとなく聞いてはいけないような気がしてテオは口を閉じた。


「ベッドに座ってくれ」


 ベッドと言われ、ドキッとテオの心臓が跳ね上がる。

 なにせさっきそういった行為をしたばかりなのだ。ひとり静かにドキドキ鼓動を早めているテオにイルディオが言った。


「今、実を持ってくる」


 実と聞いて、自分の勘違いに気付いた。

 実とは以前もらった酸っぱい赤い実のことだ。テオは素直にコクリと頷いた。

 勘違いを恥ずかしく思ったが、テオの頬が赤くなった理由はそれだけではない。街でさんざん処理してもらったとはいえ、一度引き出された欲情は容易く冷めはしない。

 アルファであるイルディオから受けた行為の余韻はそのままテオの本能に期待を持たせる。

 胸のドキドキが治まらないまま、ベッドへ歩み寄った。


 立派なベッド……本当に座っちゃっていいのかな……。


 天蓋から吊るされた上品なレースをそろりとめくり、大きなベッドに恐縮しながら上がると程よく体が沈む。中に座ってみると、より一層広く思えた。大人四、五人でもゆったり眠れそう。

 小柄なテオはベッドの海の中でポツンという感じだった。シーツも酒場のものはもちろん、教会で使っていたものよりずっと上質な絹だった。

 滑らかで手触りがいい。ずっと触っていたくなる。こんな高価な布をたっぷり使ったベッドを見たこともない。

 シーツの肌ざわりに夢中になって触れていると、テオの意識の矛先はその肌ざわりから、いつしかベッドから香る匂いに切り替わっていた。誘われるように顔を寄せ、ベッドにうずくまる。

 懐かしい。子犬もこの匂いだったと思い出した。


 イルディオの香りだ……。


 鼻から香りを吸い込み、シーツに頬をすり寄せる。


 胸やお腹の奥の方からじんわり温かくなる。匂いを嗅げば嗅ぐほど、脳内がほわほわとした。


 なんでだろう、この匂い好きだなぁ……。


 奇妙で不思議な気分。テオはぽわぽわした心持ちで、香りを堪能し続けた。頬ずりして顔を埋めていると、突然、物音がしてビクッと我に返る。

 そろりと振り返ると、知らぬ間にイルディオがレースの向こう側に立っていた。


「わっ! あっ……えっと……」


 慌ててガバッと身を起こす。

 イルディオは見てはいけないものを見てしまったかのように目を逸らした。その様子にテオも真っ赤になっていく。


「その……申し訳ない。ノックもせず」

「いや……そのぉ……あっ! シーツ、シーツの触り心地がビックリするくらいサラサラだったから、気持ちいいなぁ~って」


 なんとか誤魔化し、仕上げにえへへと照れ笑いする。


 きっと、これで大丈夫だろう。

 自分のベッドに頬擦りだなんて、気持ち悪いって思っただろうなぁ……気を付けなきゃ。


 テオはもぞもぞと正座し、所在なく小さくなって太ももを撫でた。テオの髪からチラリと覗く耳は真っ赤な果実のように熟れている。

 イルディオはベッドの傍まで来ると、レースの隙間から手を差し入れた。

 長い指がテオの耳に触れ、俯いていたテオの顔と両肩が勢いよく跳ね上がる。目はまん丸に見開かれ、口がぽっかりと開いた。

 なにするの!? という驚きが声に出さなくてもその表情から見てとれる。動けずにいるテオの耳も、頬もさらに赤みを増していく。

 触れられた部分が心臓のように大きく脈打つ感じがした。





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