「あ、あのっ、髪飾りもごめんなさい、私が手に取ったりしたせいで、その、買わせてしまって……」
謝らなければならないのは、はぐれたことだけではなかった、と重華は慌てて謝罪を繰り返す。
しかし、聞いた晧月は顔を顰めてしまって、重華は何かを間違えたらしいと感じる。
最も、それが何か、までは理解できていないけれど。
「それに関しては謝罪は不要だ」
皇宮に溢れる装飾品に比べれば、非常に安価なものである。
何より晧月自身が購入したいと思って買ったものだ。
むしろ、謝罪などされたくはないというのが、晧月の本音である。
「珍しくおまえが選んだものだ。だから、どうしても買いたいと思っただけだ」
「えら、んだ……?」
「あれだけ商品が並んでいた中で、それがいいと、思ったんだろ?」
明確にそれを選んだ、という感覚は重華にはなかった。
けれど、自然と手が伸びたということは、晧月のいう通りあそこにあった商品の中で、これがいいと思ったからなのかもしれないと思う。
買ってもらった髪飾りを気に入っている、というのは間違いないことだったから。
「着物も装飾品も、希望なんてまるで言わないおまえが、やっと自分の意思で選んだんだ。買わないわけには、いかないだろ?」
「ありがとう、ございます」
それは、晧月の言葉を聞いて、重華の中から自然と湧き出てきた言葉だった。
「ああ、その方がいいな。謝られるより、ずっといい」
今度は、晧月が満足そうな笑みを浮かべた。
謝罪よりも、この方がよかったのだ、と重華はようやく気づいた。
「よく似合っている。が、宮中では着けられないだろうな」
晧月の手が、重華の頭の上でふわふわと揺れる髪飾りに触れた。
華美な装飾品が溢れる後宮で、妃である重華が金の装飾でもなければ宝石もついていないような質素な髪飾りを着けるのは、さすがに悪目立ちするだろう。
これはこれで気に入っていただけに、重華は晧月の言葉に非常に残念そうな表情を浮かべた。
「また、こうして出かけよう。そうすれば、また着けられる」
また髪飾りを使う機会がある、確かにそのことも重華は嬉しかった。
でも、またこうして出かけられるかもしれない、その事の方がずっと嬉しくて、重華の表情は一気に明るいものへと変わった。
他に何か欲しいものがあれば、気軽に言えと伝えたし、見たい店があれば、足を止めて構わないとも伝えた。
しかしながら、重華はただきょろきょろと周囲を見渡しながら、手を引かれるままに晧月について歩くだけだった。
(なんだ……?
重華の視線がずっと、ある一点を見ているような気がして、晧月は視線を追った。
(あんなものまで、珍しいのか)
晧月はその時は気にも止めず、じっと風車を眺める重華を見ながら先を進んでいた。
そうして、風車を売っていた店から随分離れたところまで歩いたところで、はたと足を止める。
「コウ、様……?」
気を抜けば危うく陛下と呼んでしまいそうな、呼びなれない名前を、重華がぎこちなく口にする。
「悪い、ちょっと用を思い出して」
そう言うと、晧月は重華の手を引いて人の少ないところまで歩く。
人混みから少し離れたところで、晧月はまた歩みを止めた。
(あれは、おそらく……)
晧月の中に、ある一つの考えが浮かぶ。
同時に、急いで先ほど見た店へ戻らなければ、という気持ちが湧き上がる。
「すまない、少しだけ、ここで待っていてくれないか」
重華にそう言うと、離れたところにいるだろう護衛に目配せをする。
すると、そのうちの1人と思われる男が、晧月の前に飛び出してきて、頭を下げた。
「ご命令を」
「俺は少しここを離れる。俺の護衛は少数でいい、腕の立つものはここに残って珠妃の警護を」
晧月の言葉聞き、飛び出した男は再度頭を下げるとその場をすぐに立ち去る。
「へい……っ」
陛下、と呼びかけそうになって、重華は慌てて口を噤んだ。
不安そうに見つめられて、晧月は苦笑する。
晧月の護衛が少なくなることを、心配しているのだろう。
「大丈夫だ、すぐに戻る」
なるべく安心させられるようにと、重華にそう微笑むと、晧月は来た道を急いで戻った。
「ほら」
そう言って晧月から差し出されたものを見て、重華は目を見開いた。
どうしてそれを渡されるのかわからず、重華は晧月を見上げる。
「これも、おまえが憧れたものだったんだろ?」
「どう、して……」
重華は声を震わせながら、もう一度差し出されたものを見る。
それは、先ほど重華が通りがかりに見ていた風車。
重華は欲しいと言った覚えなど、もちろんない。
「ほら、早く受け取れ」
急かすように晧月に再度差し出され、重華はそれを大切そうに両手で受け取って握りしめた。
(ああ、やっぱり……)
重華の表情を見て、晧月は自身の考えが間違っていなかったことを確信する。
最初は、重華の年齢を考えて、こんなものを欲しがっているとは思い至らなかった。
ただ、珍しくて眺めているだけなのだろうと、そう思ったのだ。
しかし、風車からどんどん遠ざかるうちに、負ぶった時の重華を思い出したのだ。
きっとおんぶと同じ、これも妹は簡単に手にし、重華がずっと憧れていたものなのだろうと。
そう思うと、居ても立っても居られなくなり、晧月は急いで風車を買いに走ったのだ。
「どうして、わかったんですか……?」
不思議そうに自身を見つめる瞳に、晧月は苦笑する。
(おまえが、わかりやすいからだろ)
重華に問われて、晧月の中にすぐそんな言葉が浮かんだ。
しかし、晧月とてすぐに気づけたわけではなかったため、その一言は飲み込んだ。
(欲しいなら、欲しいと言えばいいものを)
それでも、言えないのが重華だということも晧月は理解している。
(俺が、気づけばいいだけのことだ)
きっと、他にもたくさんあるはずだ。
妹にだけ与えられ、重華が憧れ羨んだものが。
重華は決してそれを晧月に強請ったりはしないだろう。
けれど、晧月はその全てを見つけ出し、重華に与えてやりたいと思った。
「あ、あのっ、吹いてみても、いいですか?」
「ああ、もちろん。それはもうおまえのものだ、好きにするといい」
手の中の風車は、もう重華のもの。
そう言われただけで、とても幸せそうな笑みを浮かべる。
その笑みを見ただけで、晧月はわざわざ買いに戻った甲斐があったと思った。
「わっ、回った!見てください、回りましたっ!!」
ふぅっと息を吹きかけて、風車が回った、ただそれだけのこと。
しかし、そんなことをした経験もなかっただろう重華は、きらきらと瞳を輝かせ嬉しそうに晧月に報告をする。
「よかったな」
「はいっ」
満足そうに笑う重華は、今もしっかりと両手で風車を握りしめている。
「片手はこっちだ。またはぐれるといけないからな」
晧月はそう言うと、片手を風車から放れさせその手をしっかりと握る。
すると、重華もまた、はぐれないようにとしっかり握り返した。
「何か、甘いものでも食べに行くか。祭りならではの食べ物も、いろいろあるはずだ」
晧月はそう言うと、再び重華の手を引いて歩きはじめる。
祭りならではの食べ物、きっと重華が見たことも聞いたこともないようなものがあるのだろう。
そう思うと、重華はわくわくする気持ちを止められなかった。
晧月は重華に、屋台でいくつかの甘味を買ってくれた。
食べ歩きしやすい、揚げたお饅頭。
砂糖をかけた果物を、串刺しにしてあるお菓子。
見るのも食べるのもはじめてのそれらを、重華は晧月とともに食べながら歩いた。
いつもは少ししか食べられない重華も、この日ばかりは祭りの雰囲気も手伝ってか、全部食べられてしまった。