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100. 遅


「また、届いていたのか」

「ひゃあっ」


 こんなにたくさん、いったいどうすればいいのだろう。

 そんな気持ちで、ただ呆然と丞相から届いた贈り物を眺めていた重華は、突如後ろからかかった声に驚き飛び上がった。


「へ、陛下……いらして、いたんですね」

「ああ、悪い。驚かすつもりは、なかったんだが」


 気づけば、晧月が真後ろに立っていた。

 そんなことにさえ気づけないほど、重華はすっかり考え込んでしまっていたようである。




 晧月は重華が先ほどまで見ていた、丞相からの贈り物に目を向けると、すぐそばにあった文にまず手を伸ばした。


(なるほど、許して欲しいとは書かなくなったか)


 昨日の今日で、丞相にも変化があったようだ。

 それほど、丞相も必死なのだろうと晧月は思った。


「陛下、あの……父に何か言いました?」


 その変化は、当然重華も気づいている。

 重華は、その変化のきっかけは、おそらく晧月なのだろうと思った。

 だが、晧月はゆるく首を振った。


「いや、俺は何も?おまえに会わせて欲しいと言われたが、拒否したら、せめて物を贈るのは許してくれと言われたからな。そっちは、仕方なく許可しただけだ」


 本当は重華から聞いたことをしっかり話したのだけれど、晧月はあえてそうだとは明かさなかった。

 いずれ知られることにはなるだろうが、少なくとも、それが今であるべきではないような気がしたのだ。

 もっとも、だからといって、それがいつであるべきか、晧月にも明確な答えはないのだけれど。


「許可、しちゃったんですか……」


 丞相に何か言ったのかも気になる問題ではあるが、こちらはこちらで聞き逃せない問題だった。

 せっかくならば、断ってくれていたら、そう思ってしまう。

 なぜなら、丞相から貰ったものを、今は何一つとして、使う気にはなれなかったから。

 どれもこれも高価な品物だというのなら、使わないのにこうして贈られてきてしまうのは、ただただとてももったいない気がしてならない。


「せっかくだ、貰えるものは、貰っておけ」


 そう言うと、晧月はいくつかの品物を手に取り、値踏みするかのように様々な角度から眺めてみる。


「やはり、どれも一級品ばかりだ。使わずとも、いざという時に売れば、かなりの金になるぞ」


 と、言われても、重華はそのいざという時が来る気がしなかった。

 後宮にいる分には、特に不自由なこともなく、お金を使うような機会も基本的にはない。

 重華が後宮に入ってから、今まででお金があれば、と考えたことがあるのは2回だけである。


 一度目は、晧月の誕生日を知った日だ。

 せっかくならば、何か贈り物ができればと思ったけれど、重華には残念ながら自由に使えうお金がなかった。

 結局、絵を描いて贈り物としたし、来年も絵を贈る約束をしている。

 そのため、今のところ、晧月の誕生日だからといって、お金が必要になる予定などない。


 二度目は、晧月とともに祭りに出掛けた日のことだ。

 晧月とはぐれてしまった際、品物を買うのだと勘違いされたとき、お金を持って入れば買えたのに、とも思った。

 だが、結局は晧月に買ってもらったので、重華がお金を必要とするような機会もなかった。

 そもそも、お祭りでお金を使うにしても、これほどの高価な品々を売って得られるほどの大金は不要だろう。


「お金、必要になるでしょうか……?」

「まぁ、ここにいる分には、基本的にいらんだろうが……何があるか、わからんしな。あるに越したことはないはずだ」


 確かに、無いよりはある方がいいのかもしれない。

 言われてみれば、そんな気もしなくはない、と重華は思う。


「置く場所に困るわけでもない。とりあえず、持っておけ」

「はい」


 確かに、琥珀宮には使っていない部屋もあるくらいで、置く場所に困るようなことはまずない。

 高価な品々を使うことなく部屋の片隅で眠らせておくのは、やはりもったいない気がしてならないと思いながらも、重華はとりあえずこくりと頷いた。






 それから、数日後のことだった。


「誕生日を祝いに来た」


 そんな一言とともに、晧月が訪れたのは。


「あ、あの、陛下……その、私の誕生日は……」

「知っている、今日ではないのだろう?」

「は、はい」


 知っているならば、なぜ?

 重華の頭の中は疑問符だらけである。


「おまえの誕生日は知らないうちに過ぎてしまっていたからな。少し遅れてしまったが、今から祝おうと思ってな」

「少し……」


 当日に祝えず、数日遅れでお祝いをすることもあるだろうとは思う。

 だが、重華の誕生日は数日前ではなく、数ヶ月前の話だ。

 少しの遅れだとも思えないし、今更祝うようなものだとも思えない。

 そもそも、重華にとって、自身の誕生日は祝うべき日でもない。


「陛下、あの……っ」


 祝う必要などないのだと、重華はそう伝えようとした。

 だがそんな重華の気をそらすかのように、晧月はその手に小さな包みが乗せた。


「え……?」

「遅刻ついでだ。ここまで遅れてしまったら、数ヶ月も十数年の遅れも変わらんだろ」

「はい……?」


 重華はわけがわからず、晧月と手の中の包みを何度も交互に眺めた。

 すると、晧月がくすりと笑う。


「開けてみろ」


 晧月に言われるがままに、重華は包みを開いた。

 そこから出てきたのは、赤子が遊ぶような玩具だった。


(えっと……)


 さすがに、今更そんなもので遊ぼうという気はない。

 重華は出てきたものに、戸惑いを隠せなかった。


「それは、かなり遅れてしまったが、1歳のおまえの誕生日祝いだ」

「えっ!?」


 重華は目を見開いた。

 それから少し遅れて、ようやく先ほどの晧月の言葉を理解した。


(十数年遅れって、こういうこと……?)


 十数年前に過ぎ去ったはずの、重華の1歳の誕生日を、晧月は今更ながらに祝っているらしい。


「それから、これは2歳の祝いだ」


 また、包みが一つ、手に乗せられた。

 重華はまたしても包みをあけると、先ほどとは違う、幼い子が使うだろう玩具が1つ出てきた。


(まさか、全部、お祝いするの!?今更!?)


 驚く重華の手の上に、3つ目の包みが乗せられる。

 3歳、4歳、と年齢があがるにつれ、その年齢に見合った玩具へと内容が変わっていく。

 7歳になると、玩具から勉強道具へと物が変わった。

 筆、硯、書物、と年齢があがるにつれ、さまざまな勉強道具が出てきた。

 12歳からは、美しい装飾品へと中身が変化した。。

 見ていてうっとりするような装飾品が、次から次へと出てきた。

 最初こそ戸惑いが強かった重華も、次から次へと包みを渡されるうち、次は何が出てくるのだろうと楽しみな気持ちが強くなっていく。

 そうして重華は、1歳のお祝いと言われたものから順番に、17歳のお祝いまで、計17個の包みを言われるがままに順番に開けていった。


「そして、これが、18歳の祝いだ」


 おそらく最後になるだろう包みが、重華の手に乗せられる。


「当日に祝えなくて悪かった。それだけではない。誕生日を、よりにもよって冷宮で迎えさせてしまって、すまない」


 そう、重華は18歳の誕生日は、冷宮にいたのである。

 誕生日だと知っていれば、晧月は決してそんなところに送ったりはしなかっただろう。

 冷宮に送るにしたって、日付をずらすくらいのことはできたはずだ。

 事前に重華の誕生日を調べなかったことを、晧月は誕生日を知った日、死ぬほど後悔した。


 だからせめて、随分遅れてしまうことにはなるが、ちゃんと祝ってやりたい、できるなら何か特別な方法で。

 そう思案した晧月が、思いついたのがこれだった。

 どうせ遅すぎる祝いになるのなら、今まで出会えなかった分も今更ながらに祝ってしまえばいい、と。

 18回分の贈り物を準備するとなれば、さらに遅れてしまうだろうが、ここまで遅れてしまったのなら数日の誤差などむしろたいしたことはない。

 晧月はそう考え、1つ1つじっくりと時間をかけ、18回分の贈り物を選ぶことにした。

 その結果、誕生日を知った日から数日が過ぎた今日に、決行することとなったのである。


「そんなこと……っ」


 気にする必要などない、とは言えなかった。

 言わせたくない晧月からの口づけにより、重華は言葉を奪われてしまったから。


「へ、陛下っ!?」

「開けてみて、くれないか?」


 一瞬にして真っ赤に染まった重華の顔を見て、くすりと笑いながら、晧月は重華の意識を手渡した包みへと戻す。

 重華はこくりと頷くと、最後の包みに手をかけた。

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