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第2話:異世界からの帰還?

 グッと、手の内に抱き寄せた温もりを手放さないように力を込める。


「勇者……もう大丈夫」


 腕の中にあるのは友に託された大切な命であり、俺に取っても掛け替えのない。


「ちょ、くるし」


 絶対に離して成るものかっ!


「はぁなれてぇっ!!」


「————っ!?」


 グッと腕の内側から突き飛ばされ、俺は今まで閉じていた瞼を驚きに見開き、唖然とする。


「な、なんだ……ここは」


「なんだって、勇者の故郷じゃ……?」


 頬を赤く染め恥ずかしそうに俯くソフィアの姿を視界に収め周囲をキョロキョロと見渡せば、成程離れて欲しい訳だ。


 そこは大通りのど真ん中、行き交う人々が俺たちに奇異の目を向けながら立ち止まってはヒソヒソと耳打ち合っている。


 ただ俺の戸惑いはそんな羞恥を軽く凌駕していた。あらためて周りを見渡す。


 周囲から聞こえてくる声、外見、至る所に散りばめられている看板や広告の情報。


ああ、間違いなく日本。日本語に日本人的な特徴は完全に俺の知る情報と一致している。


「……目立ってる」

「あ、ああ、そうだな取り敢えず、行こう」


 俺は混乱する頭を無理やり押さえつけ、自然にソフィアの手を取ると人垣を割るようにその場を離れた。




 ***




 薄暗く日の暮れた街並み。


 時間帯は先ほどまでいた世界と変わらないように思えるが、未だ見慣れない景色を視界の端に捉えながら宛もなく俺は歩き続ける。


 高層ビルの立ち並ぶ大通りを抜けた先、気持ち程度に設けられた遊具などのない公園スペースに並ぶベンチを見つけた俺はソフィアを促し、一先ず落ち着こうと並びあって腰を下ろした。


「勇者の故郷って……なんというか、すごい、物凄い。何がすごいのか自分でもよく、わかってないけれど」


 道中目にしてきた光景に言語化できない興奮を抑えながらソフィアが呟きをこぼした。


 以前はここまで喋る印象のない子だったが、それほどまでに驚きが優っているのだろう。


 それも無理からぬ事だ。


 何を隠そう俺が一番驚いているのだから。


「そうだな、俺も驚いている。二十年でこんなにも世界が変わるものなのか?俺は完全に浦島太郎状態だ」


「……勇者の住んでいた頃とは違う?ということ?」


「ん? ああ、違うも何も……」


 思い返すのは今し方通って来た街中の風景。


 煌びやかなビル群はまぁ、過去の記憶にもあったが。


 あの壁から浮き出るように若い子が踊っていた映像?はなんだ。まるで異世界の幻影魔法じゃないか。


 それに、奇抜な格好の若者たちが多いのは、まだ呑み込めるが、なんで——。


 その時、夕暮れの公園にありがちと言えば、まあ納得な風貌の若い男達三人組が通りかかり、ソフィアを見るなりニヤついた笑みを浮かべて近づいてきた。


「キミきゃわいいねぇ〜っ、そんな古っくさい装備の奴よりさ?オレらと潜ろうぜ」


「そうそう、俺らちょうどキミみたいな可愛い系のメンバー募集してたんだよね」


「前衛っぽくねーから、支援職っしょ? ウチのパーティ来るなら新装備一式揃えちゃうよん」


 まるで俺のことなど居ないかのように振る舞う男達は、まさに俺が疑問視していた答えのような出立ちをしていた。


 先ほどまで異世界にいた俺の格好といえば、草臥れた革鎧に簡素なアーマープレート。とてもじゃないが俺の知る日本人が普段身につけている服装とは言い難い。


 ソフィアに関していえば容姿や髪色以外だと、深いスリットの入ったローブタイプのワンピースで、魔法使いっぽい格好なのだが、ここでもまぁギリギリ独特なファッションで通るかもしれない。


 そんな異世界帰りの俺たちを差し置いて目の前の若者達は明らかに俺の目には異常に見えた。


 何よりも真っ先に俺が声をあげたいのは——不意にソフィアへと無遠慮に伸ばされた男の手を掴みながら俺は疑問を直接ぶつけてみた。


「なあ、いつから日本は武器やら防具やら身につけて出歩くような野蛮な国家に成り下がったんだ? その腰に下げてんのはロングソードだろ? コスプレ? とか言う奴なのか?」


 俺の問いに腕を掴まれたことも忘れたように唖然とした様子を浮かべる若者たちは、一拍置いて一斉に笑い声を上げた。


「はぁ!? このダンジョン産業革命時代になにわけのわかんねぇーこと言ってんのオマエ?」


「俺たち〈探索者シーカー〉が武器持ってんのは当たり前だろ? てめぇもその格好なら、一応シーカーじゃねぇのかよっ、てか、いつまで偉そうに腕掴んでんだっ? あぁ?」


 男が睨みを効かせ、そのまま殴りかかってきたので俺はそれを軽く躱し、掴んでいた腕を捻って突き飛ばした。


「ってぇなぁ……てめぇ俺らが何処の〈クラン〉に所属してるかわかってんのか? このエンブレム見て喧嘩売ってんだろうな?」


 男が見せた軽鎧には確かに〈ツノの生えた山羊〉に見える刻印がなされていた。


「どこの田舎者か知らねぇが、どうせマトモな貧乏シーカーだろっ? さっさと女置いて消えろや」


 一人が腰に下げたロングソードに手を掛け、続くようにそれぞれが武器を手にしていく。


「よくわからない事だらけだが、荒事で解決するのはむしろ大歓迎だ」


 今この日本がどうなっているのかは皆目見当もつかないが、俺が二十年死に物狂いで生きてきた理不尽な世界はあっけなくも簡単に命を消費するような場所だった。


剣を向けられた俺の体に染みついた行動は——。


「……なんか、蚊帳の外でムカつく。わたしは、舐められるのが大っ嫌いなの」


 自分の内側から込み上げる暴力性。


 慣れ親しんだ感覚に自然と身を委ねようとした瞬間、俺を押し除けるように前に出たソフィア。


「ほら、彼女もやっぱり俺らの方が——っ!?」


 深いスリットから顕になる太腿。


 透き通るような白く長い足先は見事に男の顔面へとめり込んでいた。


「魔王の娘を舐めるな」


 続けて蹴り抜いた男の肩に足を乗せ、体を捻ると舞うような跳躍を経て後方の男に空中で回し蹴りを見舞う。


 流麗な舞に思わず見惚れてしまう俺を他所に、先の回し蹴りで意識を刈り取った男の手からこぼれ落ちた長尺の槍を手に、唖然と立ち尽くしていた男の鳩尾を回転させた槍の柄頭が穿つ。


 苦悶の声を上げる男を前に槍を見事な所作で回転させ、


「くっそアマ——」


 最初に蹴りを入れた男が立ちあがろうと力んだ瞬間チラリと視線を向けたソフィアは手首の返しだけで、その股を抜くように槍を投擲。


「ひぃいっ!?」


 槍の穂先が男の急所ギリギリで地面を穿った。


 最後に鳩尾を撃ち抜かれたまま立ち尽くしている大柄な男の顔面に綺麗な右ストレートが刺さる。


 三人組の若者は成す術もなく魔王の娘を前に膝を着いた。


「あ〜、まぁ弱いはずないよな。あの魔王の娘だもんな」


 あわや男の魂たる急所を槍で貫かれる所だった若者がガクガクと震えながら地面を濡らしていた。


 俺はなんともいえない気持ちになりながらもこの若者達から情報収集を始めるのだった。




***




 ベンチに腰掛けた俺は目の前で震えながら膝をついている三人に話を聞いている。


 ソフィアは近くの自動販売機で若者の一人に購入させた炭酸飲料水に興味津々でチロチロと猫のように味見をしては何やら小刻みに震えている最中。


 俺と若者の話など全く耳に入っていないご様子。


 かくいう俺も、俺が知る時代では考えられない程レパートリーに富んだ自販機の前で小躍りをしたものだが。


 プシュッと開けたペットボトルの蓋から弾ける炭酸と懐かしく甘い匂い。


 ゴクリと一口飲み干すと口の中いっぱいに広がる甘み、喉を駆け抜ける爽快感。


「——この味、ああ、帰ってきたんだな。俺は」


 異世界では決して口にすることの出来なかった、もう昔すぎて忘れかけていた若かりし頃の味。


 グッと目頭に込み上げる寂寞の思いを今は抑え、チラチラとソフィアの様子を伺っては震えている若者たちに視線を戻す。


「君らの情報が事実なら、二十年程前に突如としてこの世界の各地に〈ゲート〉と呼ばれる不可思議な門が生まれ、そこは〈ダンジョン〉と呼ばれる異空間へと繋がっていた、と」


 逆になんでそんなことも知らないのか、と最初は口を揃えて騒いでいた若者達だったがソフィアが一人ずつビンタをして黙らせていた。


 ベリアルよ、どんな教育を普段からしていたのか。


「俺がアチラの世界に飛んだタイミングで開いた〈ゲート〉か。まぁ無関係とは言えないよな」


 俺だけでは飽き足らず元の世界すら豹変させてしまったかもしれない〈異世界〉という理不尽極まりない世界の存在に頭を抱えたくなる。


「んで? 君らはそのダンジョンに潜る〈探索者シーカー〉だっけ?」


「「「うっす」」」


 低い声で不貞腐れたように応える三人。


 ソフィアには怯えているが俺は依然舐めている、と。


「よしわかった。俺も君らに今から稽古をつけてやるよ」


 ゴキリと指を鳴らしながら笑顔を讃える。


 ん? 今更青ざめても遅いぞ若者よ。


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