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第4話:現代のダンジョン

 俺とソフィアがいた異世界にも〈ダンジョン〉は存在していた。


 俺の知るダンジョンを一言で表すならそこは洞窟や廃城などがモンスターの発する瘴気に侵され、人が住めなくなった汚染地帯。


 人の手が届く事なく、モンスターを生み出し続ける魔境。


 それこそモンスターから取れる素材や魔石、過去〈ダンジョン〉で命を落としたであろう〈冒険者〉の遺留品などの収集を生業としている〈冒険者〉くらいしか近寄る者もいない危険地帯、というイメージだったのだが。


「いらっしゃいませ。ようこそ〈ダンジョンゲート〉へ。今回は探索ですか?魔石の買取ですか?」


 俺の知る時代と違い随分とスムーズに開く自動ドアを抜けた先。


 簡素ながらも清潔感のある空間。


 カウンターで対応する受付職員。


 番号札を渡されて待ち呆けている完全武装の人々。


 今この現代においては突っ込む側の俺がおかしいのは重々承知しているが、俺の知る異世界とも過去ともかけ離れすぎている『現代』に俺は、困惑する他ない。


「勇者、いつまであいつらと行動するつもり?」


 明らかに不機嫌な顔つきで、慣れているのか受付嬢にデレデレと声をかけている三人の背中を睨むソフィア。


「そうだな……一先ずこのダンジョンってのに入るには〈ランク証〉とかいう資格らしいものが必要そうだからな。とりあえずこのダンジョンはあいつらのお付きって形で参加するとして、どのくらい金を稼げるか、だろうな」


 この世界は変容しているものの俺の知る日本の都内で間違いない。


 異世界では廃村を見つけたり、森の中で野宿、なんて選択肢もあるにはあるが。ここではそう言うわけにいかない……ホテルに泊まるにしろ移動するにしろ金がなければ何も出来ない。


 俺とソフィアは当然無一文。


 今後どう行動するにしてもまともに飯も食えない現状打開は最優先だろう。


 そう考えればチンピラの模範みたいなアイツらに絡んでもらえた現状は幸先が良いとも言える。


 三人が受付で手続きをしている内容に聞き耳を立てつつソフィアに応えた。


 じっと見つめ返してくるアメジストのような紫の瞳。


 深い知性を湛えていた魔王とは違って未だ純粋な輝きに思わず魅入って、


「あいつらの身ぐるみ剥いで売り飛ばすのはダメ?」

「可愛い顔でなんて事を言い出すのかねこの子は」


「——っか、かわ、バカ勇者」


 ドスっと少女から繰り出されたとは思えぬ、えげつない拳が腹を打つ。どんだけ魔力を込めてっ。


 青い顔をして膝をついた俺に受付を終えた三人が駆け寄り、絶対零度の視線をソフィアに向けられて震え上る。


 腹部に【治癒魔法】をひっそりとかけながら立ち上がった俺は三人に向き直り何でもないと手を振って応えた。


「兄貴とソフィアの姉貴は、そのなりと強さで〈シーカー〉じゃないってのが未だに意味わかんねぇっすけど……と、とりあえず今回は俺らの『荷物持ち』って事で同行——」


 ギンっとソフィアの双眸に射すくめられたシンジ。


「に、荷物持ちとして俺らが同行しますのでっ! 勉強させてもらいます。お願いします」


 必死に訂正した後で恐る恐る〈入場許可〉と書かれたプレートを俺とソフィアに差し出してきた。


「まぁ、これに懲りたらさっきみたいに誰彼と絡むのは自重する事だ」


 根は悪い奴らじゃないんだよな。俺はポンポンとシンジの肩を叩きながらダンジョンの入り口があると言う地下行きのエレベーターへと向かった。




 ***




 いざ冒険、という雰囲気をぶち壊す役所感溢れる手続きの後、順番待ちの列に並ぶ事三十分。


 ソフィアの待ち態勢限界値が振り切れる寸前でようやく俺たちは〈ゲート〉と呼ばれる、現実味の溢れる空間にあって異様な存在感を放つ非現実的な光景を前にしていた。


 空間が渦を巻くように揺らめき、周囲の景色を呑み込んでいるようにも見える巨大な口。


「こう言う景色を見慣れているはずの俺が一番この風景を受け入れられない」

「……そう? 私は外の巨大な建造物が立ち並ぶ景色の方がよっぽど信じられない」


 躊躇なくゲートに入ってはその姿を決していく三人の背中を見ながら感慨深く呟いた俺の言葉に、美人だが可愛らしくもある表情で小首を傾げたソフィア。


「……」


 よくよく考えればいきなり俺自身でも困惑するような世界に飛ばされ、慌ただしくこんな状況になってしまったが、ソフィアはあの決闘……ベリアルの事を。


「いかないの?」

「あ、ああ、そうだな。物は試しだっ! 行ってみるか」


 ベリアルの最後を見届け、複雑なはずの心境をおくびにも出さないソフィア。


 現状に驚くほど適応している胆力にも驚かされるが。


 必要以上に明るく振る舞った俺の態度に訝しむ彼女の手を俺は自然に引いてゲートとやらに向かっていく。


「——……」


 どことなく俯いて見えるソフィアに今度は俺が首を傾げるが、今は彼女の複雑であろう気持ちも棚上げさせてもらうしかない。


 近いうちに彼女の本心とは向き合う必要があるだろう。だが、俺は唯一の友にその命を任された。


 例えソフィアが俺を憎んでしまっても、多少無神経を装って強引に俺は彼女の手を引くだろう。


 せめて、この世界で彼女が平穏に生きられる土台ができるまでは。


 思い浮かぶのは、唯一にして無二の友、その最後の光景。

 俺は蘇ってきた苦すぎる感情を一旦飲み干し、不可思議な渦を巻くゲートへと踏み込んだ。


「——、洞窟、か?」

「洞窟というより、魔族の領土にあった【地下遺跡】みたい」


 二人してゲートを潜った先。俺たちを出迎えたのは冷んやりとした空気に湿っぽい匂い。


 土色の壁に舗装された様に整った通路は確かに洞窟ではなく人工的に作られた【遺跡】という方がしっくりくる。


「パイセーン! ソファイアさーん! こっちすよ」


 声の方に視線を向ければ薄暗い通路の先、曲がり角から顔を出したユウタが手を振っている。


「光源は天井にある鉱物か? こっちのダンジョンってのは随分親切だな」


 淡い暖色の光を灯す鉱物が天井の所々から顔を出し照らしているダンジョンの通路は薄暗いが人の顔を判別できるくらいの視界は確保できている。


 光の魔法を常時展開し続けないと暗闇に呑まれる異世界の遺跡ダンジョンとは大違いだ。


 三人に追いつき、無数に枝分かれした通路を彼らの後ろに続きながらしばらく進む。


「今日はやけにエンカウント少なくね?」

「夜にしちゃ混んでたしな」

「そういや、このダンジョン指定のクエストに『ジュウゴさん』たちも行くっつってたような……」


 取り止めもない会話を始める緊張感のない三人を余所に俺とソフィアは彼らの半歩後ろで念の為武器と装備の確認をしながら、


「ソフィア、必要な武器はないか?といっても俺の【アイテムボックス】にあるのは、短剣に一般的なロングソードと……ん? そう言えばは」


 確かにあの場で拾った。転移直後まで持っていたはずなのに——。


「どうかした?」


 隣から掛けられた疑問の声にハッと我に返る。


「いや、なんでもない……俺は、とりあえず短剣で様子見をするかな。聖剣は流石に大袈裟だろう」


 一先ず思い詰めそうになる思考を棚上げして誤魔化す様に話題を戻した。


 右手に嵌めた五指の指輪がそれぞれ俺を非難する様に淡い光を主張。


 わかってる。あとでちゃんと探して、もしなかったら、ソフィアには。


 世界を跨いでも平常運行な五体の喧しい苦言に一先ずの安堵と焦りを同時に覚える中。


「——? 私は、魔法と拳で十分……武器は、一通り扱えるけど、今は必要ない」


 おそらくはソフィアから見て騒がしい俺の表情の変化に疑問を覚えながらも自らの戦闘スタイルを説明してくれるソフィア。


 ベリアルに傍迷惑な『契約精霊』にと、なんでもスポンジのように吸収してものにするソフィアの才能を面白がって色々と叩き込んでたもんな。


 条件次第ではもしかして、ベリアルや俺より強い可能性も?



 ソフィアの視線に軽く頷きで返し、俺は虚空から古びた短剣を取り出して鞘から引き抜く。


「刃こぼれだらけのオンボロだが……まあ、仕方ない」


 三人の印象を代弁するなら世情に疎いおっさんの装備なんて、このくらいで十分だろう。


「おっさんか……そうだよな」


 自分で考え落ち込むという不毛なジレンマ。


「勇者がおじさん? なんで? 『おじさん』っていうのはお父様みたいな」


 言いかけたソフィアが口を噤んで視線を鋭く前方を睨み据えた。


 何百歳単位の種族の王と比べられてもな。ただソフィアの無垢な優しさが今は沁みる。


「さて、この世界でモンスターと初戦闘なんて何の冗談だって話だが」


 静かに短剣を構えた先で、シンジ、ユウタ、ケンゴも同様にそれぞれ武器を構えていた。


「兄貴とソフィアの姉貴は見ていてください! オレらも多少はやるって所お見せしますんで」

「パイセンたちの出番はねぇっすよ!」

「ノーダメでクリアできたらご褒美にソフィアちゃんの足で……」


 気やすい調子で振り返って見せる気概に、一部不純物が混じってはいたが。


「ゴブリン——期待して損した」


 わかり易く嫌悪感を表情に見せて構えを解くソフィア。

 魔族で女性のソフィアからすればこの反応も当然ではあるか。


 緑の肌に尖った耳。牙を鳴らして醜悪に笑みを浮かべる様は、成程俺の知るゴブリンと相違ない。


 土色の壁に覆われた細い通路の先、袋小路になっているその場所に視線を向ければ緑の小鬼がひしめき合っているのが伺えた。数が多いな……三十はいるか?


「ここは穴場の〈モンスターハウス〉なんっす! このダンジョンの低階層には普通スライムとかスケルトンみたいなザコばっかなんすけど、この部屋には、この時間帯だけゴブリンが大量発生する割のいい狩場なんっすよ」


 若者独特の言い回しなのか、これが現世での常識なのかはわからないが、合間にでてきたスライムやスケルトンも聞き慣れた名前ではある。


 言いながら先陣を切ったシンジがロングソードでゴブリンの首を易々と刎ね、続くユウタが槍を振り回して空間を作る。そこへ大剣を携えたケンゴがゴブリンの群れに体当たりをブチかまし、


「そういう事なら、お手並み拝見させてもらうとするかな」


 拙くはあるがゴブリン程度に遅れを取る程弱くはないらしい三人の攻防に俺も構えを解く。


 三人の意外な奮闘に肩透かしを食らった俺は短剣を大人しく鞘に納めて静観する事にした。


 隣では唇を尖らせたソフィアが「——暇」とボヤいているが、ティーンな少女を転がす小粋な話術など俺が持ち合わせているはずもない。


 右手の指輪、特に親指と人差し指が黄金色と水色に喧しく光る。


 ——うるさい。

 十年以上ひとり逃亡人生を送り続け、契約精霊のお前ら五体とベリアル以外まともに会話する事のなかった俺にどうしろと?


「……」

「……」


 手持ち無沙汰の数十分。いきなり会話の途絶えた重い空気に俺はただ額の汗を拭う事しか出来なかった。


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