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第7話:お前がパフェかーい

 分厚い水の障壁に止められた短剣の刃、命を刈り取る寸前で静止している自分の腕を見て、我に返った俺はゆっくりと構えを解いた。


「……シュナイムか。悪い、頭に血が上りすぎていた」


 チラリとソフィアへ視線を向ける。


「あれくらい自力でなんとでもなる。あの程度の魔力密度で練られた魔法、私の肌に届かない」


 当の本人は守られた事に納得がいかないと唇を尖らせている。


 今思えば殺さなくても制圧するぐらい何て事のない相手だった。


 ソフィアに攻撃が向いた事でついカッと——。


「ざっぱーん」


 頭の上からタライいっぱい程の水がひっくり返される。

 一瞬でずぶ濡れになり毛先から滴る水。理不尽だ……。


「どう? ボクの水で頭は冷えた?」

「ああ、おかげで風邪ひきそうだよ」


 ニコニコと微笑みを浮かべた薄青の髪色をした小柄な少女は同じく青色の猫耳と尻尾を揺らしながらジュウゴの腕から飛び降り着地。


「やっほ! 久しぶりっだねソフィアちゃんっ! みんな大好き、愛くるしさほと走る『水猫』シュナイムちゃんだよお‼︎」


 俺の苦言などどこ吹く風とばかりにくるりと反転してソフィアに手を振っている。


 ソフィアもまんざらでは無さそうに手を振り返していた。


 うちの精霊女子組は子供の頃からよくソフィアと遊んでいたからな。


 俺よりもソフィアへの距離感は圧倒的に近い。この異様に高いテンションにも当然慣れているが、


「さっきからなんなんだっ! このガキはぁあっ!? というかどっから現れ——っぅ!?」


 スッと細められたまるで別人の様に凍てつく双眸に射竦められたジュウゴは思わずといった様子で声を喉に詰まらせた。


「ザコがボクに気安く声掛けないでくれないかな? 死んじゃえよ、どっぱーん」


 一段階トーンの低くなった声で呟く様にこぼした直後、虚空より現れた大量の鉄砲水がジュウゴを押し潰す様に弾き飛ばし、袋小路の入り口へと押し流す。


「はーい、じゃあそろそろ脇役のザコ諸君は強制退場願いまーす! ばいばーい」


 突然の出来事で硬直状態にあった取り巻きやシンジ達三人組も例外なく、突如発生した巨大な質量の大波が生き物の様にうねり俺とソフィア以外の人間を飲み込み押し流していく。


「ああ〜アイツらも巻き込んじまったな」


「それは、それ。私たちの仲間ってわけでもないし、丁度いいタイミング」


「いぇ〜いっ! お掃除完了っ! リョウマちんっ、僕も含めて皆この世界、リョウマちんの故郷に興味津々なんだよっ! 早く案内しないとボクみたいに飛び出してきちゃうよ?」


 唐突に過ぎる展開だったが、ある程度現世の状況もわかったし当面の資金も目処がついた。


「俺の故郷、そうだな。ここはもう、元の世界なんだよな……」


 多少、というには様変わりし過ぎてしまっている故郷ではあるが、この場所で俺は誰かに追われることもなく、逃亡生活もしなくていい。


 なんなら、ソフィアにも体験してもらいたいこの世界ならではの色んな事が沢山ある。


「一先ずダンジョンとか〈探索者シーカー〉とかは後回しにして、俺の故郷をソフィアやお前らに知ってもらうためにも、買い物! 観光! 料理! 甘味! 久しぶりに楽しむかっ」


「うんうんっ! そうしようっ!僕は可愛い洋服いっぱい欲しいなっ」


「街を楽しむっていうのが、どんな事なのかあまりよくわからないけど、興味は、ある」


 テンション高く拳を突き上げる『水猫』シュナイム。


 ちなみに片手では未だ水を大量放出中で、このダンジョンを水没させる勢いだったので一先ず止めておく。


 ソフィアも異世界ではベリアルと二人、人里離れた廃村での生活しか経験がない。


 年齢相応の少女らしい遊びなど経験がないに等しい。そんな彼女の人生を憂いてベリアルは俺と新しい世界にソフィアの人生を賭けたのかもしれないな。



 その後俺たちはダンジョンの出口へと舞い戻り、



「ダンジョン内で謎の洪水が発生! 一時入場を制限します!」

「緊急事態だっ! 一部のシーカーが洪水に巻き込まれているらしい」

「今までこんな事なかったのに、一体なにが起きているの!?」



 慌ただしく動き回る職員達を横目に額を汗で濡らしながら、忙しさに乗じたおかげで『荷物持ち』入場者だったにも関わらず大した事情を聞かれる事もなく〈魔石〉の換金を終えた俺たちはそそくさとその場を後にしたのだった。




 ***




 換金を終えた結果想定よりも多くの資金『九十万円』もの大金を受け取ることができた。


 一先ずダンジョンがあった区画から離れ、一旦腰を落ち着けたいという思いから宿の確保を考えていた俺は、ここでも『現代の壁』というものに阻まれていた。


 確かにこっちの世界は俺の故郷ではあるものの、まだ学生の身の上で異世界に召喚されて大人になるまでの二十年。


 むしろ俺の常識感覚はアチラで培われたと言っても過言ではない。


 異世界で宿と言えば店主に何日宿泊と伝えて銀貨を投げれば、それで終わり。深く詮索されることも出自を伝える必要もない。


 だから俺はそんな感覚で立ち並ぶホテルへと二人を伴って乗り込み、


「ネット予約に、ネット会員? 電子決済専用? 身分証必須……あぁああっ! めどくせぇえ故郷だなおいっ!?」


 どこにも体を休める場所を確保出来ずに、路頭に迷った挙句、唯一見つけた当時から知っていた変わらない名前のファミレスを発見。


 感涙に咽び泣きながら入店した俺と、至って冷静な美少女二人。


 流石に場違いな格好なのだろう、奇異の目を向けられながらも構う事なく『ドリンクバー』で人心地ついたところだった。


「私は別に三日三晩くらいなら寝なくても活動できる。そんなに焦って宿を探さなくても平気」


 いいながらソフィアは『ドリンクバー』から湧き出る数々の『ジュース』に感激し、数種類のカラフルな色合いのコップを並べて目を輝かせている。


 炭酸が特に気に入ったらしい。


「そうそう、大体リョウマちん!こんな可愛らしい女子二人をそんなに焦って宿に連れ込んでどうする気なのさっ! やぁら〜しぃ〜」


 思ってもない事で余裕のない俺を揶揄う契約精霊には強めのデコピンで応えておく。


「たしかに、俺たちの体力を考えれば三日くらい寝なくても戦い続けられるくらい何てことはないけど、な……だからと言ってこのままというのも」


 今はいいが、やはり何処か落ち着いたところで体と心を休めたい。


 何よりやっと逃亡生活から解放されて故郷の世界に戻れたんだ。

 ゆっくりと『風呂』に浸かるのは最早二十年越しの悲願ですらある。


 ふと思い浮かぶのは学生時代。

 実家のリビングで囲む食卓の暖かさ。そしてハッと我に返る。


「そうか……帰れるのか、実家に」


 二十年前に生き別れた両親と妹……変わり果てた俺の姿をすんなりと受け入れてくれるだろうか。


 思い立っては見たものの、同時にずっしりとした不安が胸の内を覆い尽くす。


「勇者の家族はまだ生きてる?」


「ん? あ、ああ。多分、生きてるとは思うが……」


 ソフィアの急な問いかけに一瞬最悪の可能性が頭を過ぎるが、コレばかりは気に病んでも解決しない。


 病気や事故などに遭うことなく健やかに過ごしていてくれていた事を願うばかりだ。


 幸い異世界と違ってこの世界では野党や盗賊、モンスター……はダンジョンに入らなければ存在しない訳だし、医療技術も発展している。


 大丈夫、なはずだ。


 いや、流石に俺でもそんな再開は受け入れたくない。


「そう……なら、迷う事ない。絶対に会いにいくべき」


 じっとアメジストの様な瞳に見据えられ、俺は思わず言葉を失う。


 その力強い瞳の奥に僅かな揺らぎを見た瞬間、少女の唯一であった家族を奪ってしまった罪責感が溢れ、


「お待たせいたしましたー、こちら、『旬のフルーツ盛りだくさんパフェ』と『極辛滝汗ラーメン』、『カリカリフライドポテト』になりまーす」


 事務的な微笑を貼り付けたウェイトレスが淡々と料理を置きその場を去っていく。


「リョウマちんさ〜、あんまし難しく考え過ぎないほうがいいよ〜。   

 ソフィアちゃんの感情はどこまでいってもソフィアちゃんの物なんだから、リョウマちんが負いすぎるのは違うっていうかっ、サクサク、う、うま、うまぁああ」


 案外猫耳にツッコミを入れる人間はおらず、むしろ『可愛い〜』と別の意味で周囲の注目を集めていた割に達観した口調の少女シュナイム。


 実年齢は恐らく何百とかだから当然と言えば当然か。


 ポテトに感動して青い猫耳をピコピコと動かし、感動に尻尾を逆立てる。


 そこからは無心にサクサクという咀嚼音だけを響かせていた。


 彼女の言葉に賛同した訳ではないが、一旦気持ちを落ち着かせた俺は一先ず、


「とにかく、食べるか。久しぶりのまともな食事だ」


「うん、勇者の故郷の味……楽しみ」


 お互いに頼んだものを目の前に持っていき、まずは一口。



「「————っ‼︎」」



 俺とソフィアは互いに目を見開きその身を小刻みに振るわせる。


「甘いっ!そして美味いっ!」


「辛いのに美味しいっ!」


 俺とソフィアは互いに頷き合い、二口、三口と頬張っていく。


「この瑞々しいフルーツの甘味っ! 生クリームと添えられた冷たく甘いバニラアイスが溶け合い、俺の口の中がクリームと旬のフルーツに彩られ、幸せな甘味に満たされていくっ!」


「辛い、辛い、辛い! なのに、辛いだけじゃないっ! 濃厚なスープに溶け込んだ旨味が辛さの中に私の舌を惹きつけて離さない美味しさを含んでいるっ! そしてこの『麺』という斬新な小麦の使い方っ! スープに絡んだ麺を啜る喉越しと、後からやってくる辛さが堪らないっ」


 俺は二十年ぶりに食べるパフェの美味しさに歓喜し、ソフィアは初めて食べるラーメンに感動を覚える。


 ああ、確かに前途は多難だが、今この瞬間だけは帰って来れてよかったと心から思えたのだった。


「てかさ……なんとなく思うんだけど、頼むもの、逆じゃない? 二人とも。リョウマちんに至っては、お前がパフェかーいって感じがするよ」


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