「勇者、魔石は全部集めた。【アイテムボックス】に入れとく?」
一箇所にまとめられた魔石は大中小と大きさ別にきっちり分けられ器用にもブロック状に積まれている。
意外ときっちりした性格なんだな。
「いや、今は辞めておこう。〈スキル〉という概念がなさそうなこの世界で大っぴらに【アイテムボックス】なんて使ったら騒ぎに成りかねない……【空間魔法】とかの存在を確認して——」
言いかけた俺は直後、ソフィアを庇う様に前へ出て警戒を強めた。
この気配は——、複数の人間。
袋小路の入り口に鋭く視線を飛ばす。
掴み合っていたシンジとユウタも足音に気がついた様で訝しむ様に視線を向けた。
「——!? ケンゴっ」
「やべ〜、ジュウゴさんのチームだ。パイセンっ、俺らが誤魔化すんで後ろの方にっ」
シンジの悲痛な声に反応したユウトが俺たちを庇う様に前へと進み出たが、シンジと同じ光景を目の当たりに絶句。
袋小路の入り口から突き飛ばされる様に転がってきたのは文字通りズタボロになったケンゴ。
後方から十人近い人数を伴って現れたのは上半身半裸のスキンヘッド。
その筋肉質な胸から腹部にかけて彫られた山羊の頭を思わせる攻撃的なタトゥーが威圧感を主張していた。
「おい、てめぇらウチの若ぇのだろうが。先輩様がクソだりぃクエストこなしてる間に、なに遊んでんだよ、なあ?」
低く獣が唸る様な声で凄むスキンヘッド。
恐らくこいつがジュウゴって奴だな。
「ち、ちげぇっす! 俺ら遊んでたんじゃなくてモンスターハウス周回でっ!」
「っす! あと、有望なシーカー候補がいたんで勧誘とダンジョンの案内を——」
俺とソフィアをその背で隠す様に前へ出て弁明を始めるシンジとユウタ。
経験則から言って、この流れはまずいな。
咄嗟に動こうとした俺の腕をそっとソフィアの手が留めた。
「? なんで」
「——勇者の気持ちは理解できるけど、ここで私たちがコイツらを庇ったら、どうなるか考えて」
真剣で切実な瞳。
俺は、馬鹿だな。
独り善がりで後先考えない……自分の
「……悪い。そうだな、俺があの厳ついのを仕留めたらアイツらの居場所まで奪っちまう所だった」
「うん——でも勇者のそう言う所が、お父様は好きだった」
歯に噛む小さな笑顔とその言葉に、救われてしまった自分の心がどうしようもなく情けなく思えた。
***
一頻り説明と言い訳を繰り返している二人が、八つ当たり気味に小突かれたり、絡まれたりしているのをグッと堪えて見守っている。
ただ、徐々にソフィアの存在に気がつく周囲の取り巻き。
彼女の美貌に当てられて騒めき始めた。
アイツらの件では確かにソフィアの言う事が『大人な正解』であろうことは理解できる。
だが、これから起こる出来事に関しては、絶対に我慢するつもりなどない。優先順位の問題だ。
「だいたいテメェらみたいな雑魚新人がよお、イキって勧誘なんぞやってんじゃ——」
取り巻きの騒がしさに気がついたジュウゴというスキンヘッドの視線が俺を素通りした後、ソフィアへとガッチリ固定される。
世界が変わっても男と荒くれ者の思考ってのは全く変わらないな。
ニンマリとわかりやすい笑みを浮かべたジュウゴが何を考えているか。
そんなわかりきった言葉を待つよりも早く俺は機先を制するように、一歩前へと進み出て声を上げた。
「あ〜、取り込み中のところ悪いんだが俺たちはこの辺で失礼するよ! シーカーに興味はあったが、オッサンには中々骨の折れる仕事みたいだ」
注意を引く様に声を張って勢いでその場を去ろうとソフィアに合図を——サムズアップして魔石を丁寧かつ悠長に布で包み始めた?
どう言う意図だろうか、ソフィアさん?
「ああ? まあ、まてよオッサン? オッサンって歳でもねぇだろ? 幾つだテメェ、どうみてもオレ様とタメくらいじゃ」
「こう見えても三十五歳の先達でね、君らより若くはないよ多分」
こちら側に戻ってきてからやけに年齢を意識させられるな。自分でネタにしつつも心にはずっしりと重みが蓄積されていく気がする。
一拍の間を置いてジワリと広がる嘲笑の笑い声。
「はっ! そりゃマジでオッサンじゃねぇかオッサンの先輩様よお! 三十五といや、ダンジョン探索の全盛期に乗り切れなかった負け犬だろお? 脱サラして今更シーカー目指すのかよ? なあ、一般人が〈
天に向かって吠え叫ぶように怒号を上げるジュウゴ。
一瞬で張り詰めたひりつく様な空気に取り巻きが顔を青く染めて後ずさる。
ふと視線を向ければシンジとユウトが身振り手振りで『逃げろ』と必死に訴えていた。
本気でいい奴らだなアイツら。
ビリビリとした殺気の漂う空気感の中でよく通る涼やかな声が俺の側に駆け寄ってくる。
「
キョトンと可愛らしく周囲に目線を走らせて首を傾げるソフィアだが、周りの反応は俺の予想を反したものだった。
「お、おい、今あの女『勇者』って言わなかったか?」
「いや、冗談だろ? 冗談にしても笑えねぇけど」
「自称で名乗るにしちゃイタすぎる『二つ名』だぜ、この国じゃ特によ」
「あ〜、パイセン。オレらも気になってたけど聞けなかった奴っす」
「オレはむしろ兄貴とソフィア姉さんのそんな生き様がカッケェと思ってたぜ」
どうやら騒めきの正体はソフィアが発した俺への『通称』にあるようだ。
微妙な沈黙が訪れた空間で、ジッと動きを止めていたジュウゴがゆっくりと視線を俺に向けた。
「おい、おいおい、オッサァアンっ‼︎ おれぁ、ジュウゴってんだ。二つ名は『爆殺坊』。『爆殺坊のジュウゴ』。オレらのクランが正式に公開発表している、二つ名だがよお」
重苦しい空気で何を恥ずかしげもなく恥ずかしい事を言い出すかと思えば。
二つ名? 所謂異名って奴か? 異世界にも自称『双刃の魔剣士』とか名乗っていたヤバい奴が居たっけ。
え? こっちでも異名とかあるの? もしかして流行ってるとか?
「異名? 爆殺、ぼう? ダサ……」
ソフィアの鋭利かつ冷酷な呟きがジュウゴの心を串刺しにしたのを俺は幻視した。
「——っ! ぐぁああっ!! 俺の二つ名は、俺の個性そのものなんだよ! テメェらシーカー志望のクセに『公式の二つ名』、この意味がわかんねぇえのかっ!? そんな奴らがよりにもよって『勇者』を自称だと?」
ジュウゴの纏う空気が変わった。
常人よりも太くでかい拳に嵌められた攻撃的な銀のナックルを打ち鳴らし、瞬間小さくはない火花が周囲を照らす。
「この国で『勇者』を名乗っていいのは『白銀の勇者』、『
思ったよりも素早い身のこなしで突貫してくるジュウゴの拳に魔力の凝縮された炎の塊。
成程、爆炎系の魔法か。
ジュウゴが構えた拳、巨躯から捻り出される体重の乗った一撃。
ジュウゴが大地を踏み込んで力を拳に乗せる直前——俺は姿勢低く潜り込み、右手の甲でその腕が伸び切る前に真上へと拳を弾いて打ち上げる。
「——んなっ」
「意外と鍛えてんじゃねぇかっ、と」
腕に乗せる筈だった力が方向性を失い、倒れ込む様に向かってくるジュウゴの懐からその顔面を強烈なカウンターフックで迎え打つ。
次いでボディーへ数度、拳の蓮撃。
トドメとばかりに少々アクロバティックな動きで上半身の回転を乗せた裏拳を再び顔面に向けて振り抜く。
確かな手応え、常人なら半日は昏倒して動けないコース。
「本気で鍛えてんな、お前」
「ぐっふぅっ、ぁああぁあああっ! しねぇええ‼︎」
飛びかけているだろう意識を無理やり繋ぎ止め、突貫する勢いを止めないまま引き戻した右の拳と左の拳に最大まで魔力の高まった爆炎で俺を両サイドから挟み込むように——。
瞬間、奴の口元に薄く笑みが浮かんだのを俺は見逃さない。
「クソ外道が」
拳の爆炎は俺、ではなく背後にいたソフィアへと向けられていた。
逡巡は一瞬、決断も刹那。
裏拳を振り抜いた右手で【アイテムボックス】、つまりは虚空から手頃な短剣を引き抜く。
鞘から抜刀するかの様に滑らかな刃の軌跡がジュウゴの首筋を撫で、
「はぁ〜い! ここで僕、登場‼︎ リョウマちん? 流石にリョウマちんの故郷でこの流れはマズいんじゃない? って僕もリョウマちんの記憶しか知らないからわかんないんだけどね? 女の勘ってやつぅ? 冴え渡っちゃった感じっ?」
唐突に響く聴き慣れた少女の声。
チラリと視線を向ければジュウゴの両腕を拳ごと包んだ水の塊に足をかけた薄青髪の美少女。
その首筋に吸い込まれる筈だった短剣の刃は弾力のある水の障壁に受け止められていた。