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第12話:とぅるん昆布

 哀れな末路が確定した二人組。


 恐らくは〈探索者シーカー〉なのだとその外見から理解はできる。


 理解はできるが、奇抜さだけが目立つ無駄な装飾。

 実用性皆無な全身装備になんの意味があるのだろうか。


 異世界の貴族連中も無駄に金のかかった金ピカの防具や宝石を散りばめた鞘なんかを使用していたがあんなにも実用性に欠ける仕上がりではなかった。


 肩と腰だけのアーマーにどれほどの防御力が? 

 インナーはただのシャツ、戦闘を舐めているとしか思えない武装だ。


 武器にしても手にしているのは見た目だけ派手なクロスボウ。

 同じく見た目重視な装飾が施されたショートソード。


 コイツらこの装備でダンジョンに潜るのか? 

 正気の沙汰じゃない。

 命が惜しくない、もしくはスリルを楽しむ手合いだろうか。


「二人ともマジで可愛いねぇ〜、俺らの配信で有名になれるかもよ? 金髪の君なんか特に、あ、なんか見た事あるな? どっかで会っちゃってる系?」


 シャロシュの全身を舐めますように見ながら馴れ馴れしく距離を詰める男。


 ここは介入してちゃっちゃと追い払いますかね。


 足を進めようとした時、風になびくプラチナブロンドの長い後ろ髪越しにピースサイン。


 手出し無用、ってか、出る幕なしのようだ。


「俺は断然色白の君が可愛いって思うけどなあ? 名前教えてくんね? 俺らの事はモチ知ってるっしょ?〈Live Frontierライブフロンティア〉チャンネル登録者数三万人超え!!

 今一番勢いのある〈ライバー〉ランキングにランクインした俺らの配信に出たいよね?」


 チャラチャラとした喋り口調でソフィアの肩にその気安い手が置かれる瞬間。


「——っアヂ!?」


 バチっと弾けるような音と雷光が彼女の肩に伸びた不躾な手を一瞬焼いた。


「な、どうした!? てめえら俺の相方に何を」


 突然の出来事に慌てふためく二人組。


 シャロシュは心底楽しそうに悪い笑みを深めている。


「ノンだね。マスターの八億倍ノンセンス、ノンファチュアス、ノンパセティック、ノンイネイン! つまりダサくて愚かで哀れな空っぽのクソバカ野郎どもって感じ? あってる?」


 俺が味方サイドから見ていても表情筋がピクピクしてしまう様な顔つきで嘲笑を振り撒く見た目だけは美少女の『雷鳥』。


 二人組も俺以上に顔を引き攣らせ、憤りをあらわに怒鳴る。


「っち! てめぇらも〈探索者シーカー〉かよっ。

 いいぜぇ、女二人組の三流〈探索者シーカー〉が俺ら〈とぅるーこんぼ〉をコケにした事実、生配信で晒し潰してやんよ」


「OK兄弟! カメラSetっ、スタンバイカウント5! 4! 3!っ」


 派手なショートソードを構えた男に合わせ後方へ下がった男がこれまた派手なクロスボウを片手に手の平程度しかないスティック状の電子機器らしきものを空中へと投げる。


 その電子機器は空中で静止、瞬間幻影魔法のようにソフィアやシャロシュ、二人組の光景がちょうど静止している機器から見ているような視点で空中へと薄い板状の映像として投影された。


 俺がいない二十年でここまで近未来的な技術が!? 


 よく電子機器を観察すれば内部から微量な魔力反応。


 なるほど、魔石を機器に組み込んでエネルギー源にしているのか!


 異世界でもこの技術があればもっと革新的な技術の発展ができたのではないだろうか、だが、当時の俺にそんな発想はなかった! 


 今更どうでもいい話ではあるが。


「やっほうっ!こんちはコンボっ皆さま調子はどうっすか? 

 今日はダンジョンアタック生配信の予定を急遽変更っ! 世間を知らないヒヨっ子シーカーの美少女ちゃんたちをぉ〜わからせ——」


 男が伝説級の精霊と魔族の姫に対し愚かにも悠長に背を向け、現状を恐らく撮影しているであろう機器に向けて仰々しい口調で語り始めた刹那。


 ザワっと肌がひりつく感覚。


 意識を向ければシャロシュを中心に黄金色の魔力が波紋のように広範囲へと広がっていく。


「はぁ〜あ。登録者三万? お話にもならないクソザコ〈ライバー〉がイキリ散らかしてアタイ様に喧嘩ふっかけるとか〜社会的制裁? 死刑執行? どちらにしようかぁビリバリビリBON」


 髪色と同色の長いまつ毛を薄らと細めたシャロシュの口元が冷たくも美しい微笑を湛える。


 瞬間全方位に迸る雷光、近距離で唸る雷鳴に周囲の無関係な人々や立ち並ぶ店の中から悲鳴が上がる。


 うねる鞭のようにしなり、雷光が声も出せず立ち竦む二人組を嘲笑うかのようにその足元を這い回る。


 雷光は空中で静止していた機器にまとわり付く、巨大な黄金色の球となり特大の雷鳴と共に破裂した。


「ひぃいいっ!」


「な、なんなんだお前!? こんな魔法、トップシーカーの配信でも見た事っ——」


 轟音に耳を押さえて竦み上がる二人をせせら嗤う美少女はふわりとその身を空中に浮かばせ、両腕を真横に伸ばす。


「おい、おい……流石にそこまでする必要は」


 思わず俺の口から呆れと焦燥がこぼれ落ちると同時、眩い雷光と轟音を伴って現れたのは黄金色に輝く二対の翼。


 柔らかさなど微塵も感じさせないそれは荒々しく攻撃的で、触れるもの全てを灰燼と化す『雷翼』。


 契約精霊の中で最も苛烈で好戦的な美少女が金のまつ毛に縁取られた黒瞳で地上の二人を睥睨する。


「そこのクソザコ〈ライバー〉のおふたりさん? 手持ちの〈デバイスフォン〉で自分の『クソ垢』確認してみ?」


「「——っ」」


 最早戦意喪失どころかシャロシュの威容に立ち上がることすら難しそうな二人組の内ショートソードを持っていた方が震える手でスティック状の機器を言われた通り取り出す。


 板状の画面が宙に浮かび、どうやって操作しているのか宙に浮かんだ板状の映像を指でなぞったり何かを打ち込むような動きで操作。


 俺からすればシャロシュの現状よりそのスティックが気になってしょうがない! どうなってるんだソレは! というかどう言う機械?


 フォンって言ったて事は電話? あれが電話!? 


 俺の知る限り携帯する電話といえばパカパカと開く文字盤付きのヤツなんだが!?


 静かに衝撃を受けている俺の隣にいつの間にか移動してきたいたソフィアが宙に浮かぶシャロシュを指差す。


「勇者、シャロシュの姿がなんか、変」

「変? アイツが変なのは通常のことで」


 言いかけて俺の視線が空中に浮かぶ少女を捉えるのと男達の絶叫が重なる。


「「チャンネル登録者数ゼロぉおおおっ!?」」


「それだけじゃぁあノンノンっ」


 絶叫と共に顔面蒼白で硬直してしまった二人を余所に俺はシャロシュの姿に顎が落ちそうだった。


 なんと表現するのが正しいのか、やけにリアリティのあるアニメのようなキャラ? あまりにも現実離れした姿に変貌した契約精霊が両手を歌うように振れば空中の至る所に薄い映像の板が無数に並ぶ。


 その映像は様々な角度から絶望したように膝を折る二人の姿を映し出している。


『いぃいいやっほう〜〈シャロしゅしゅノンノンチャンネル〉公開ゲリラ配信やっちゃうよぉお』


 なぜかマイクのように反響する軽やかで喧しい声。


 俺自身何が何だか分からずに慌てふためいていると、シャロシュの姿を遠目に見ていた人々が声に寄せられて集まってきた。



「え、え! アレって昨日一晩で〈ライフロ〉チャンネル登録者数一気に十万越えした〈ヴァーチャルライバー〉じゃない?」


「マジかぁあああ! キャラ可愛すぎて即推しまくった『シャロシュシュたん』!神降臨!」


「なに? ホログラムのゲリラライブ!? すっげ、どっから投影してんの」


「これ、個人ライバーが配信できる規模レベルじゃねーだろ。バックにどこかついてる系?」



 騒めく周囲の人々が最早なんの話をしているのかすら理解できない。


 日本語、だよな?


 たった二十年で俺は完全に陸の孤島へ置き去り状態なのが痛いほどよくわかる。


 頼むから同年代の同志達は俺と大体同じ感覚であってくれ!?


 状況と時代に取り残された俺が一縷の希望をまだ見ぬ同志達に託している頃。


『異世界から舞い降りたすーぱぁーのゔぁっ! 雷光纏う天空の乙女っそれアタイ!!

 今日はみんなに聞いて見て欲しいことがあって急遽ゲリラ生配信をすることにしたんだけどぉ、まずはコチラをルックアット! 使い方あってる? とにかく刮目〜』


 異世界から来たとこんなにも大々的にバラすバカは何処の誰の契約精霊だ。


 荒唐無稽すぎて誰も信じてはいないだろうが。

 あの『はぐれメイド』が情報を持っていたのも、もしかしてこのバカが?


 思案する間もなく集まってきた人だかりにも見えるよう配慮してなのか特大の『映像』が空中に数枚、突如として浮かび上がる。


 原理がまったくわからん。


 アレは魔法? だよな? いつの間にこんな技術を習得しやがったんだアイツは。


『この場に集まったリアルのみんなも、配信視聴中のリスナーさん達も、動画は見えてるかな? これは、シャロしゅしゅの大切なリア友が迷惑〈ライバー〉に絡まれて、とても怖い思いをした様子なの』


 どの口が。

 鳥肌が立つほどあざとい声色に辟易している俺の真横でも、


「嘘! 私はあんなザコを怖がったりしない!!

 そもそも魔王の娘に怖いものなんてない!」


 唇を尖らせてシャロシュの演技に眉根を寄せている。


 そんな不満の声など聞こえていても届かない契約精霊が見せているのは、これまたどうやってか先ほど二人組がソフィアとシャロシュに絡んでいた時の様子——ソフィアが楽しみを目前に妨害された怒りで震えている姿をご丁寧にまるで怯えて泣き震えているように見える絶妙なカット編集付きだ。


 だから、この短時間でどこまでの技術を取得しているんだよ!?


 そんな虚偽映像が何度も何度もリプレイされる様は最早悪意に満ちているとしか思えない。


 当人達はもう絶望を通り越して怯えた小動物のようにカチャカチャと小刻みに震えているだけだ。


 アレなら鉄拳制裁してやった方がよほど救いがある。


『えーっとなんだけ、とぅるん昆布? そんな事より、この二人!

 つーりんぐコンポ? とうりゃんせコンポタ? ダサい上に名前もややこしいかよ! もうパーティー名とかどうでもよくね?


 それよりさぁ〜みんなどう思う? このイキリ迷惑〈ライバー〉ってさ、ダンジョンで碌に成果出せないからダンジョンの雑魚モン相手にエグイ系とか面白系で配信してイキってんの!


 ダサさ極まってない? ノンだよ、ノン! ということで、シャロしゅしゅのガチリア友を泣かせてしまった迷惑〈ライバー〉『イキリ昆布』さん達——ガチ実名『佐藤辰平さんと田中三平さん』にはノンノン天罰! 公開処刑を執行しまあす! ピカっと光ってゴロゴロどっかあん』


 息継ぎする間もなく語り終えたシャロシュの指先に魔力が収束。


 地上から上空を唖然とした表情で見つめている事しか出来なかった二人組に向かい降り注ぐ雷光。


 大衆の面前で実名を公開した挙句にこの仕打ち。


 あまりにも苛烈がすぎる。


 流石に同情の念を禁じ得ない俺は、不運な『落雷』で黒焦げになる直前の二人組に向かって【治癒魔法】を遠隔発動。


 これで大怪我はせずに済むんじゃないだろうか? 元はと言えば自業自得ではあるため多少の苦痛は仕方がない、とはいえ今回は絡んだ相手が悪すぎた。


 以後人は外見によらないと言う教訓を胸に真っ当に生きることを願う。


 そのまま『リアルなアニメキャラ姿』のシャロシュは配信とやらを継続するべく歌ってみた、踊ってみた、などよく分からないことを始めたため俺とソフィアは傍迷惑な『雷鳥』をこの場に放置する事で合意。


「あっちに有名なドーナツという甘くて美味い揚げ菓子の店があるんだが」


「辛いのはないの?」


「あー、確かあの店は飲茶も出してたな……多分あるぞ」


「じゃあ行く」


 俺とソフィアはどこか遠くに聞こえる、出来れば耳を塞ぎたい喧騒を余所に平和な昼時を過ごしたのだった。


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