時刻は正午。
俺は『〈
ソフィアは『現代の料理をマスターしてみせる』と楽しそうに母と二人手をつなぎ合ってはしゃいでいたのでお留守番。
何気に異世界より現代に戻って初の一人行動。
気楽な気持ちで当時との変化を感じながらぶらり現代ひとり観光——のはずだったんだが。
「『〈
「ほんにわっちが御方様を『おんぶ』して動けば面倒ごとぁみんな片付くんじゃありんせんかい?」
しゃなりとした色香の漂う口調、俺は半目で隣を睨む。
澄ました色白の着物美女。
白髪に所々翡翠色の毛先を遊ばせた背の高い美女がはんなりと腕を組んでいれば否応でも目立つ。
案の定街中にして俺は大注目の只中に晒されている訳だ。
「この後に及んでお前におんぶなんかされてみろ、注目どころか男としての色々が丸潰れだよ」
「ご心配には及びんせん、御方様の『男』の部分は、みんなまとめて『風狐』のハメシュがお引き受けいたしんす」
色っぽく目を細めて、コテンと頭を腕に預けてくる契約精霊が一柱『風狐』ハメシュ。
世の男を簡単に虜にして骨抜きにしてしまうであろう妖艶な雰囲気と絶世の美貌。
いや、前提を覆そう。
そもそも『美女』という表現が間違っているのだから。
「俺は『美丈夫』に擦り寄られて喜ぶ趣味はない。ベリアルとお前のツーショットなら一部の界隈でとてつもない人気が出ると思うぞ?」
「はんっ、御方様のいけず……わっちが他の男に寝取られても」
「待て、前提がそもそも成立していない。むしろどこへなりとも好きに行ってくれ」
「御方様っ! わっちは、わっちはっ! そんな御方様もお慕いしてありんす」
ややこしい上に騒がしい。
何故だ、何故俺の契約精霊は『水猫』といい『雷鳥』といいこうも癖が強いっ!?
『地狼』もまた違うベクトルで扱いづらいし。
最後の一柱は……会話がもはや難しい。
「わかったからちょっと黙って——」
「おうおう兄ちゃん、こんな昼間っから美女侍らせた上に泣かせてるたぁ〜良いご身分じゃねぇか」
あとコレだ。
契約精霊が関わってる時に限ってなぜか絡まれる。
面倒事を引き寄せる【魔法】とか使ってるんじゃないのか?
俺は辟易としながらも荒っぽい声をかけてきた連中に視線を向けた。
黒スーツに身を纏った強面が数人——明らかに一般人じゃない奴らが伯仲堂々絡んでくるのは珍しいな?
「あ〜、ちょっと誤解があるようだが俺は別にコイツとは」
「御方様っ! わっちを見捨てるでありんすか! うぅ、所詮わっちは都合のいい女、およよ」
コイツ、わざわざ事態をややこしく——。
「っ!! 聞き捨てならねぇぜ兄ちゃん。
オレらはこの辺一体を仕切ってる『猫仁会』ってもんだがよ? この世の『可愛い』と『美少女』をこよなく尊ぶ『お嬢』の命によって、テメェみてぇな最低野郎は粛清対象なんだよ」
謎のメイドに続き謎の裏組織? にしては活動目的が微妙な事この上ない。
伸びてきた男の腕、俺は躱すまでもなく直前で白く細い指先が、逞しい腕をなお逞しくがっちりと掴み取る。
「おぉい、てめぇらは誰の指図でわっちの御方様に手ェだそうってんでぇ? あぁん?」
普段より二オクターブは低い声で唸る美女、もとい美丈夫。
腕を掴まれた強面の黒スーツはあまりの豹変ぶりに「ひっ」と声を引き攣らせ、
「躾のなってない『飼い猫』には少々きついお灸が必要でございんすねぇ」
街中に突如として吹き荒れる【剛風】。
人々が微かに悲鳴を漏らし思わず近くの物を掴んで耐える。
「やりすぎだ」
俺は倒れそうになっているご老人や子供を守るように【逆風】を展開して勢いを相殺。
大人が尻餅を付き建物にしがみ付いたりする中、子供と老人だけが平然としていると言う奇妙な光景が一時的に出来上がる。
「見惚れる程の『風操作』さっすがわっちの御方様でありんす!」
異常気象とも言うべき突然の出来事に街中が騒然とする中、腕組みをしてくるハメシュに呆れながら先ほどの強面諸君に視線を向ければ無惨な、というか悲惨な光景。
「「「———っ」」」
絶句してガチガチと歯を鳴らして抱き合う素裸の強面達。
器用に切り刻まれたスーツの破片が紙吹雪のように舞い散っている。
「あ〜その、なんだ……あんたらに害意がないってのは分かるんだが、コレに懲りたらやり方を」
「それには及びんせん、御方様。ちょうど飼い主の『親猫』がご登場でありんす」
俺が憐れみを覚えて、性根は良さそうな強面達に声をかけようとした時、ハメシュの言葉と同時に現れた馴染みのありすぎる反応。
「ちょっとちょっと〜っ! ボクの手下くん達に何してくれてんのさ! ってことで可愛さ迸る皆んなのアイドルっ! 『水猫』シュナイムちゃん参上だぞ」
空中から舞い踊るように飛び跳ねて颯爽と現れた薄水色の猫耳を生やした美少女。
以前とは異なり明らかに高級そうな青地に黒の装飾が入った丈の短いドレス姿。
「『猫仁会』……まさかとは思ったが、シュナイム、お前か」
「まったく。いい加減、御方様に迷惑をかけるのはやめなんし、シュナイム」
「やぁやあハメシュ姉にリョウマちん! 迷惑だなんてとんでもないっ! ボクはリョウマちんの忠実な契約精霊としてしっかりと働いていたんだよ?」
ケロッとした仕草で悪びれる様子など微塵もない『水猫』シュナイム。
どこをほっつき歩いているのかと思えば一体何をやってんだ。
「なにを? とは心外だなリョウマちん! まずはコレを見て判断してよ」
言いながらその場でパチンと指を鳴らすシュナイム。
瞬間、素裸の強面達を始め次々と現れた黒スーツのアウトローな面々がズラリ。
一斉に腰を落とす。
「「「「お勤めご苦労様です! お嬢! 本日もお可愛らしく尊いお姿、拝謁させていただきやす」」」」
地鳴りの如く野太い声が重なり響く。
周囲の方々に迷惑な事この上ない団体だなおい。
俺はひとりでのんびり地元と懐かしい景色を楽しもうと……どうしてこうなった?
「可愛そうな御方様、わっちが身も心も慰めんしょうか?」
元はと言えばお前による原因が八割な。
「まあいい、んで? これは一体どういう団体で、お前はなにをやらかした?」
俺の態度が気に食わないのか周囲で整列している強面達の強面が尚引き立つ。
「ステイ。ボクの『ご主人様』に失礼な態度とったら許さないよ?」
可愛らしくも冷たい恫喝。
ただ恐怖より先に『ご主人様』という単語に対して酷く動揺が広がっている気がしなくもない。
「はぁ……シャロシュといい、俺よりも『現世』に馴染んでいそうなのは如何なものか。とりあえず簡潔に説明してくれ」
「ん〜、なんていうか。ボクはただ『地下』で『アイドル』を始めようと思ったんだけど。なんか『地下』は『地下』でも『地下組織』と間違えて〜、なんか『地下組織アイドル』としてデビューまっしぐら? みたいな感じだよ」
「どういう感じだよ! 『地下組織アイドル』てお前……初見でこんなにも関わりたくないと思わせてくるアイドル滅多にいないぞ」
「え〜酷いよリョウマちん! こう見えてもボク結構な人気なんだよ? 最初は少数だったファンも今じゃ吸収合併を繰り返して巨大な『ファンクラブ地下組織』になったんだぁ〜」
パチンとウィンクを強面軍団に投げるシュナイム。
同時、黒光りする鉄の『何か』を懐から取り出し、どこからか流れてきた『水猫』の歌声で一斉に腕を左右に大きく振る謎のダンスが始まる。
危ないから合いの手で上空に発砲するのはやめろっ!?
「今シャロシュは『バーチャルアイドルライバー』なんて? しょーもないことやってるけどさ?ボクはちゃぁんとリョウマちんにとって役に立つ『お仕事』なんだよ?」
再び指をパチンと鳴らすシュナイム。
一人の強面が映画やドラマで見たことあるようなジュラルミンケースを携え、シュナイムの前に膝を折って掲げる。
「とりま、コレとこれ、あ、コレはソフィアちゃんのね」
シュナイムが取り出したのは漆黒に光るカード。こ、これは、まさか。
「リョウマちん用の『ブラックカード』だよ〜、上限はほぼないから必要なだけ使って〜」
ぶ、ぶぶぶ? え? とりあえず俺もシュナイム様とお呼びすれば?
「ふ、ふ、ふ! リョウマちんは心得ているねっ! あとこの〈デバイス〉は黒い端末がリョウマちんので薄いピンクがソフィアちゃんの! 操作は〜なんか使いながら覚えて! あ、ボクの〈チャンネル〉はフォロー済みだからっ! ピカピカアホ鳥のブロックもバッチリ!」
渡されたのは先日シャロシュが虐めた——懲らしめた、なんだったか?『採れたて昆布』?
とにかく、二人組のチンピラみたいな奴らが持っていた物に似た、それよりも小型な端末。
「首に下げたり〜腕時計みたいにしたり〜ってのが主流だよ! 画面は〈音声〉で起動すると〈ホログラムパネル〉が出てくるからね! まあリョウマちんの【ステータス】と似たような物だと思って! じゃあボクはこの後『緊急ライブ』があるからこの辺でっ! またね〜」
唖然と立ち尽くす俺とハメシュを置き去りにその場を去ろうと歩き始めるシュナイムだったが、何かを思い出したようにグリンと振り返り猛ダッシュで戻って来た。
「そうだ! ハメシュ姉っ! ボクとユニット組まない?」
「ゆにっと? でありんすか? わっちは御方様のお側で——」
「ハメシュ姉は美人だから絶対人気でるよっ! それにリョウマちんも惚れちゃうかも?」
「——!? 御方様がわっちに? 仕方ありんせん。妹分が一人ではなにかと心配なんで、わっちがお守り役としてお供いたしんす。
御方様っ! 『ご報告』は御方様の『うちぽけっと』に忍ばせておりんす〜っ」
意気揚々と消えていく契約精霊達。
出発まえの時点で疲労感がピークなのは何故。
俺は元凶たる精霊二人を見送りながら周囲の痛々しい目を避けて逃げるように近くのコンビニへと避難——。
『イートインスペース』なる新たな憩いの場を発見した俺は正味二時間ほど〈デバイス〉の操作に悪戦苦闘した。