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第22話:スマートタッチ

 電車が駅へと到着したアナウンスが響く。


 自動扉が開くと同時に溢れ出した人混みが一種の流れを生み、全員が一定の速度で何かに急き立てられるように改札の出口へと向かっていく。


 俺は至って平然と流れに乗り、取り立てて誰の注目を集めることなく、改札口へと傾れる人々と同化。


 極々自然な動作で腕に付属のレザーベルトで装着した〈デバイス〉を翳す。


 端末の情報を読み取った改札機が俺の進むべき方向を指し示すかのように、開いた。


 今のは、かなり——スマートだったんじゃないだろうか? 


 改札を出て直ぐ、初めてとは思えない『自動電子決済』の所作に小さくガッツポーズ。


 心に広がる達成感、俺、現代人っぽく——背後から強めの舌打ち。


「あ、すいません」


 不機嫌なサラリーマン風の中年が「邪魔なんだよ」と極々小さな呟きと共に俺の脇を通り抜けていく。


 フフ、余裕がないというのは斯くも醜く映るものか——だが、俺はその程度の些事、笑って見過ごそう。余裕のある現代人として——。


「え、何突っ立ってんの、邪魔なんだけど」

「それなー」


 派手目な女子高生らしき二人組が俺の肩にぶつかりながら通り過ぎていく。


 余裕、余裕が大切。

 まだ世間を知らない子供さ、大人の俺が余裕を持って——。


「ホームで立ち止まってんじゃねぇよおっさん、邪魔なんだよ」

「田舎者なんじゃね? てかさ、ちょっとお小遣いくんない? 俺らが都会、案内してやっから」


 余裕……余裕が大事だ。


 俺は『スマート決済』をマスターした余裕のある現代の大人。


 決して異世界帰の粗野で野蛮な戦闘民族ではない——。


「なんか震えてね? もしかしなくてもビビっちゃってる系じゃね?」

「おっ、いいねその反応! ちょっと駅の裏で俺らと世間話でも」


「小遣いが欲しいんだったな? 今、拳しか持ち合わせがないんだが、なぁに、釣りはいらねぇよ?」


「「へ?」」



 閑話休題。



 俺は今異世界から帰還した直後に放り出された都内の中心部、あの時は只管困惑するしか無かったあの場所に立っている。


 だが俺はあの時の俺ではない! 


 知識を携え、スマートな買い物も出来るように進化した大人! 


『現代人』として再び舞い戻ったのだ! 


「案内ご苦労! もう見た目で『おっさん』を判断するんじゃないぞ? わかったな?」


「「う、うっす」」


 最近の若者は顔が青白いな! 運動と栄養が足りないのではなかろうか? 一先ず俺は親切に目的地である『〈探索者シーカー〉協会本部』がある場所へと案内してくれた若者二人を解放。


 手を振って礼を告げた後で件の建物を見上げる。


「今思えば、俺とソフィアが最初に飛ばされたのがこの建物の前だったワケか」


 都内中心部の大通りにあって一際巨大なビルの一棟。


 これ全てが『〈探索者シーカー〉協会本部』というのだから驚きだ。


 都庁舎よりもデカいんじゃないだろうか?


 行き交う人々を見ればスーツ姿に完全武装のフルプレートアーマー、軽鎧と短剣にキャンパスバッグ……俺から見たら混沌でしかない日常がより顕著にビル周辺の光景となっている。


 間違いなく〈探索者シーカー〉協会の本部ビルなのだろう。俺はなんとなく気の重たさを感じながら自動扉を潜りエントランスホールへ、


「っと〜? シーカー登録、申請受付は……」


「ご用の方は要件にあったボタンを押されて、出ました整理券を持ってお待ちください」


 ウロウロと視線と体を彷徨わせていた俺に向けて『総合受付』という場所から狙い撃つように事務的な声が発せられる。


 頭に手を当てて軽く会釈しながら誘導された先にあるパネル上の端末に簡易的な情報を打ち込む。


 発券された整理券を手にトボトボとホールの中心にある待合スペースへ移動した。


 統一感のある機能美を追求したような空間。興味本位でぐるりと周囲を見渡せば、役所のような構造で並ぶ受付の間に高い天井からどデカく吊るされた巨大なポスターが目に止まる。


「ハメシュの『報告』にもあったが、まさかあの『謎メイド』が例の『白銀の勇者』様とはな」


 巨大なポスターの中心にはまさしく白銀の軽鎧に身を包み美しい細剣を手にした白髪の美女。


 とても同一人物とは思えない凛々しい表情は、だが確かに同じ顔だとわかる。


「勇者ねぇ……そんで? 『賢者』と『聖女』、『剣聖』……まるで魔王を倒す勇者一行だな」


 白銀の勇者を筆頭にそれぞれ別クランの代表が掲載されているのだが、全員の二つ名を並べるとまさに勇者一行の出来上がり、という感じになっている。


「舞衣の言っていた四大クランってやつか?」


 しげしげと顎に手を当てながらポスターを眺めていると、


『十五番の番号をお持ちの方〜、受付へお越しください』


 機械音声位によるアナウンスが俺の手にしている『整理券』の番号を読み上げた。


「……なんだかなぁ」


 この現実感溢れる日常にあって〈探索者シーカー〉や〈ダンジョン〉という異世界的要素が混在する状況に未だ慣れない自分の適応力が低いのか、それともある程度は正常な反応なのか、答えのない自問自答に辟易としながらも俺は受付へ向かうのであった。




 ***




「氷室涼真さん、ですね……え〜っと、今回は〈探索者シーカー〉ライセンスの発行希望、とご年齢が三十五歳——あ、〈〉希望の方ですか?」


 個人情報を眺めながら首を傾げている若い女性職員の言葉に苦めの笑いで持って返すしかない俺。


「あ〜、その〈ライバー〉っていうのは?」


「? 氷室さんのご年齢で〈探索者シーカー〉登録される方自体があまり多くはないのですが、稀に本格的な〈ダンジョン〉アタックが目的ではなく、上層の比較的安全な場所で〈Live Frontier〉での『配信』を活動目的にライセンスの発行を望まれる方がいらっしゃるので——、えっと、違いました?」


 ここにきて年齢の壁、だと? 三十五歳ってそんなに『おっさん』だろうか? 


 俺の中ではまだまだ若者——とまでは言わないにしてもバリバリ働いている『若手』くらいの印象なんだが。「え? ガチ〈探索者シーカー〉希望?」と小声で呆れている女性職員に俺は咳払いを一つ。


「ガッチガチの〈探索者シーカー〉志望です、宜しく」


 自信満々に言ってやった。


「下ネタとか、これだから中年って……はい。

 ではこちらの『誓約書』に目を通しておいてください。〈アタック〉を目的とした登録の場合『筆記試験』に加えて『実技試験』もありますのでご留意を、代わりに階層制限がなくなります。誓約書にも記載の通り〈ダンジョン〉におけるケガや事故に関しまして当方は一切の責任を負いませんので、別途『ダンジョン保険』などに加入されることをお勧めいたします」


 下ネタなんて言ってないんですが!?

 俺の返答を曲解した職員の表情から途端に色が消え淡々とした事務的説明が続く。


「筆記試験、実技試験の総合評価により〈探索者シーカー〉の『ランク』が決定されます。等級はFからAの六段階、その上に特別ランクのSが存在しますがこちらは関係ないと思いますので説明を省きます」


 勝手に関係ない事にされているが……ちょっと失礼すぎやしないか?


 年齢が若いイコール強いとは限らないからな? 中には俺のように特殊な環境で技量を磨いた人間だっているんだぞ?


 くっ、目が、完全に「今日のごはん何たべよっかな〜」みたいな感じになってやがる。


 このまま舐められっぱなしなのも癪だ。ここは試験とやらで優秀な成績をバシッと叩き出して見返す!


「試験は随時行なっておりますが今日挑戦されますか?」


「ああ、今日受ける! 年齢じゃ人間は測れないって事——」


「では試験費用として手数料三十万円になります。お支払いは電子決済もしくはカードのみとなりますが如何されますか」


「さん、え? さんじゅう?」


 試験を受けるだけで三十万だと? ちょっと待て、いくらなんでも高過ぎるんじゃないか?


 慌てた様子が伝わったのか俺の小市民ぶりに職員はわかりやすく落胆。


 どう見ても小馬鹿にしたような口調で説明を続ける。


「……はぁ。

 試験の合否に関わらず〈アタック〉希望者の試験費用はかかります。尚試験費用は毎回かかりますのでコチラもご留意くださーい。もし、万が一合格された場合、ライセンスの登録費用に百万円ほどかかります。その後〈ウェポンモジュール〉の購入、【身体強化魔法】の〈マギチップ〉購入など〈ダンジョン〉の『アタック』に必要な最低限の装備など諸々合わせると総額九百万円ほど概算でかかるかと思いますが、あ、一応ローンも可です」


「……」


「ぷふ、高いですよね〜、正直この額の投資に見合う収入を〈ダンジョン〉で得るには相応のリスクを伴います。どうされます〜? 『配信』目的の〈ライバー〉志望なら筆記試験のみで済みますし、その他費用も半分くらいに収まると思いますけど?」


 無言で目を閉じた俺の様子に嘲笑混じりの女性職員。


 完全に無知で場違いな中年おっさんとして見下されているのがわかる。


 ふ、良いだろう。俺が異世界で得た心強い『契約精霊』の力を見せてやる。


「試験を受ける。支払いは、この、カードで!」


「——っ!? ぶ、ブラック、カード! え、ぇ」


 カードを出す手の震え巧妙に隠しながらチラリと女性職員を見遣る。


 明らかな動揺、よし形勢逆転だ!!


「さ、早くカードを切ってくれ。手数料とやらの支払いを済ませよう! もちろん、一括で!!」


「お、おじさまは、一体——コホン、氷室様。試験を本日受けられる旨、了承いたしました。では手数料の決済をこ、こちらのか、かか、カードをお預かりいたします」


 小刻みに震える手と手の間で行われる『ブラックカード』のやり取り。


 結局の所お互いに小市民な二人の手数料決済作業は『タッチ決済』という形でつつがなく終えたのだった。


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