『受験番号一番、氷室涼真さん、実技試験会場へお越しください』
ホールに流れるアナウンスの声。
チラチラと飛んでくる視線は、興味本位や僅かに嘲笑が混じっていたりとあまり心地よいものではないが——。
それにしても一番、つまり俺が今日最初の受験者という事らしい。
不愉快な視線は意識からシャットアウト、
「異世界で『手配書の男じゃないか?』なんて噂される視線に比べれば緩いってな」
堂々と試験会場へ向かう。
あまり取得したくはない耐性に僅かな悲しみを思い返しながら俺は会場へと足を進めた。
***
なんでもこの実技試験を合格してから次は筆記試験だとか。
実技と筆記の合計点が一五〇点以上で晴れて合格、という仕組みらしい。筆記試験なんて高校受験以来だが……大丈夫、だよな?
一般常識を測る程度だと若い女性職員も言っていたし。
理数系とかでなければ、なんとかなる、はず。
筆記試験という遥か昔の苦い記憶を呼び起こすワードに冷や汗を拭っていると進んだ通路の先に開けた空間。
見るからに強固な作りをした真四角のフィールド。
「こう言う試験だけなら分かり易くていいのにな」
なんの目的かフィールドを取り囲むように設置された観客席にはこちらを値踏みするような視線、中には明らかに侮蔑のようなものも混じっている。そんな人間がちらほら。
「受験番号一番! 氷室涼真っ! ボサっとしてないで早く来いっ」
フィールドの中央、バインダーを片手に仁王立ちをした屈強な男が野太い声をあげる。
見た目は俺と変わらないぐらいか?角刈りの側面に入った剃り込みのラインが厳つさを際立たせている。
俺はオーガのような面でこちらに鋭い視線を飛ばし続けている男の前に特段急ぐそぶりなどせず歩み出た。
そんな俺の態度に苛立った様子で強めの舌打ちを打った後男が荒々しくバインダーを開く。
「ふん、氷室涼真三十五歳? オレの担当日に実技を受ける命知らずな奴がいると聞いてどんな骨のあるやつかと期待すりゃ……世間知らずのおっさんかよ」
不遜な態度でバインダーを眺める男が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「初対面の相手に随分な態度だな? それにおっさんって、あんたも大して変わらんだろう」
パンっ、強くバインダーの閉じられた乾いた音が反響。
観客席の一部から漏れる笑い声。
「おっさん、オレはまだ二十五だ。それに実技試験官の名前ぐらい把握しとけよ……〈
相手の武器、戦闘スタイル、弱点になり得るポイント。
良い歳こいて、新卒でも面接前に傾向と対策くらい練ってくんぞ」
社会経験は異世界での戦闘歴のみという履歴書に記載できる経歴がほぼない俺は大人気なくも目の前の見た目は俺以上におっさんな若者?の言葉に沸点低くカチンときた。
「ご高説どうも『
あらゆる情報を見抜く万能な【鑑定スキル】は正直こっちに戻って来てから上手く発動しない。
かろうじて『名前』が確認できるくらいに能力が『劣化』してしまっている。
そもそもあのスキルが最初からまともに発動していたら現代社会という難敵もスムーズに対処出来ていただろうよ。
といっても今は『名前』だけで十分。
あとは目の前の男——鬼崎巌の佇まい、【マナ】の流れ、筋肉の動き、それら全てが雄弁に鬼崎巌という人物の情報を物語っている。
『元軍人』なんてのは一般公開されていなかったのか、一瞬呆気に取られた様子で硬直するも俺が指を曲げて挑発してやればこの手の輩は怒りに任せて——。
「はっ! ははははははっ! そうか、そうか。『おっさん』は『おっさん』なりに一生懸命調べたわけってか? じゃあオレの『実技試験』をなんで受験者が
「……」
意外と冷静、いや、余程自分の実力に自信があるか、もしくは。
「おいおい、人の過去までねちっこく下調べた野郎がオレの一番知るべき情報を持ってねぇのか?
だから素人ってんだよてめぇらは……。
オレの実技試験、突破率を教えてやる——1%以下だ。
オレが試験官としてこの場に立ってから数百人と挑んできた受験者の内、通過したのは片手にも満たない、ある意味『規格外』な化け物どもだけ」
自信、実力、経験、それ以上にもっとシンプルな理由だった。
俺が異世界では絶対に受けてこなかった評価。
むしろ真逆——要注意、危険人物、裏切りの勇者。
この『現代』に戻って来てから受け続けている慣れない『評価』に今更だがやっと、理解が追いついた。
こいつらは侮っている、只管に『ただのおっさん』という情報だけで、俺の全能力を否定しているわけだ。
それこそ異世界では絶対に持ってはいけない『価値観』だな。
あちらの世界で剣を手にした者が
世間を知らず、技を学ばず、ただ武器を手にしたばかりで研鑽を経ていない、『暴力』しかしらない
「大方武道でも齧ってたんだろ? たまにいるんだよ『おっさん』みたいな勘違い野郎がよ。
いいか?テメェらが受けに来てんのは〈
〈ダンジョン〉という死地に命懸けで挑む奴らのライセンスだぞ?
オレが元軍人? 土魔法? だからなんだ。テメェは、その情報でオレを『攻略』できるつもりでいるのか? ああ?」
当然と言えば当然の指摘ではある、が、現代の奴らは本質がわかっていない。
ご高説は大いに結構だが試験とはいえ戦闘において相対した者を侮る、それが意味し、もたらす結果は大抵の場合一つしかない。
「……」
「なんだよ、さっきまでの威勢はどーしたよおっさん!
大体あんた等『
『当時に実力を発揮、今は上り詰めた〈
おっさんの年齢でライセンス持ってないのは、それだけでこの業界からするとタイプ3の哀れな夢見るおっさんってことだ」
なるほどな、今から二十年前に出現したという〈ダンジョン〉。
もし俺が現代にいれば『ファンタジー』に憧れる純粋な学生、ある意味健全な男子高校生が〈
「さて、長話はこの辺りで終いだ。オレも予定がある」
言いながら鬼崎は俺の足元に何の変哲もなさそうな一本のショートソードを放り投げた。
「そいつには【身体強化魔法】の〈マギチップ〉がセットしてある、オレも同じ仕様の武器で相手するから打ち込んできな? ああ、ちゃんとお互いの刃は潰してあるからビビらなくても良いぜ?」
鬼崎はニマニマと品のない笑みを浮かべたまま肩に剣を乗せたまま先ほどの俺に対する意趣返しのように手のひらでクイっと手招きをする。
「勘違いすんなよおっさん。今から始まるのは試験なんて緩いもんじゃねぇ——浮き足だった哀れなおっさんを矯正して叶わねぇ夢から叩き起こす為の躾だ」