貴族寮が近づくに連れ、少しずつ白い制服の学生の姿がちらほら見え始めたことで、カイルはやっと一息つく。
自分の稽古相手以外の平民とは、まともに関わったことがなかったカイルには、この環境がたまらなく苦境だった。
前世では身分のない世界で暮らしていたカイルだが、新しく転生して十二年、前世から引き継いだもので残っているのはほとんどなく、完全に異世界の貴族として馴染んでしまっている。
「この先、平民たちと生活すると思うと、ゾッとするな……」
「ご安心を、クラスでは貴族と平民でしっかりと分けられていますので、平民たちと関わることは早々ありませんよ。」
自分の独り言に返された返事に、カイルは声の方へと振り向く。
そこには貴族の制服を着た、赤い髪をした中性的な顔立ちの少年と、その少年に瓜二つの青い髪の少女が立っていた。
そしてその二人はカイルが知っている人物であった。
「お久しぶりです、カイル様」
「おお!オズワルトとベルベットではないか!」
カイルが二人に気づくと二人は同時に頭を下げる。
中流貴族、ベルモンド伯爵家の長男、オズワルトと、双子の妹ベルベット
三大貴族が三つの派閥に分かれている中、モールズの派閥についているベルモンド家とは、幾度か交流があり、この双子とカイルは幼いころからの友人であった。
数少ない友人との再会に喜び、興奮するカイルに二人は照れくさそうに笑う。
「お久しぶりでございますオズワルト様、ベルベット様」
「クラウスさんも元気そうで何よりです。」
「では、ぼっちゃま、ここは友人水入らずでお話しくだされ、私は一足先に寮に荷物を置いて、帰らせていただきます。」
「うむ、ご苦労だったな。」
クラウスは三人に一礼すると先に寮の部屋へと歩いて行った。
その後ろ姿を見送ると、カイルは改めて二人に振り向く。
「久しぶりだな、最後に出会ったのはいつ以来だったか?」
「イージス家主催のパーティー以来なので、およそ一年になります。」
「そんなに前になるのか、それよりここにいると言うことは、二人もここに入学するのか?」
「ええ、私はベルモンド家の跡取りとしてここで帝王学を」
「私は国王軍の直属の女性騎士団を目指すつもりですので」
友人が同じ学校にいると知り、カイルは今までの事を忘れ上機嫌になる。
「そうか、しかし一年ぶりか、なら二人とも腕を上げたのではないか?」
「いえいえ、カイル様に比べたら私たちなど赤子同然、先ほどの戦いもお見事でした」
「立場をわきまえずに悪態をつく平民への粛清……素敵でしたわ」
今度は二人に褒められたカイルが少し誇らしげにする。
「なに、大したことなどしていないさ、それよりお前たちの他に誰か知ってる顔はいるか?」
「いえ、あまり見知った顔はいませんでしたね。ただ高等部にはカイル様と並ぶ三大貴族ルイス公爵様の人達がいますよ。」
「おお!ルイスと言えば、ロイド兄さまとロゼ姉さまか」
ルイスの名前を聞いたカイルが再び声を上げる。
ルイス公爵とは王国三大貴族の一つで、父親たちは互いに対立しあっているがその子供、ロイドとロゼは温厚な性格の持ち主で、対立している子供のカイルにも優しく接していた。
まだ転生したばかりの頃、引きこもりが抜けておらず他人との交流が苦手だったカイルに、親身に接してくれた二人をカイルは兄弟のように慕っていた。
「親父共がアレで、王族のパーティーでしか会えなかったが、同じ学園に通えるとはな、高等部と中等部で会える機会は少ないが機会があれば会いに行こう。」
先ほどまで落胆していた学園生活に光が芽生えた様だった。
――学生寮内
貴族の寮の中は全てが貴族仕様に作られており、上にはシャンデリアが、床には真っ赤なじゅうたんが敷いてあり高級感あふれる寮となっている。
カイルは指定されていた自分の部屋に着くと、鞘のないむき出しの剣を机に置き、ベルモンド兄妹に連れられて食堂の方へと向かった。
食堂へ行くと、そこには今日入寮した一年生たちが集まり、互いに紹介とあいさつを交わしていた。
この学校は学び舎と同時に貴族同士の社交場所でもある。
様々な貴族が他の貴族に自分を取り入り、取り入れパイプを作っていく。
制服こそどの貴族も一緒だが、胸についてあるバッジで男爵から公爵まで分けられていてそれを見てそれぞれ対応していく。
カイルのバッジは三大貴族ということもあり、他の貴族よりも少し豪華な施しのされたバッジをつけていた。
カイルたちが食堂に入ると自然とすぐさま他の貴族たちが振り向き、まずバッジに目を向ける。
そしてカイルのバッジを見た貴族たちは声を上げる。
「あれは……公爵のバッジ!ということはあれが噂のモールズ様。」
「なんと凛々しいお姿」
「どうしよう、私のようなものが声をかけていいものだろうか」
カイルの姿に皆がたじろぐ中、一人の貴族が前に出て声をかける。
「初めまして、モールズ様、私はトルネオ伯爵家のフェルナンデスと申します。宜しければ以後お見知りおきを」
「これはこれはご丁寧に、だけど俺は肩っ苦しいのは嫌いでね。もう少し楽に話してくれないかな?」
カイルの予想外の対応にフェルナンデスと名乗った男子学生は目を細める。
「そ、そんな、公爵家であるモールズ様にそのような事できません」
「何を言っている、ここでは俺も君も同じ生徒じゃないか、他の人も是非、気軽に声をかけてくれると嬉しいかな。」
平民たちとは打って変わった態度のカイルに、ためらっていた貴族たちが一気に押し寄せてくる。
「私!インドラン家の……」
「こ、こら押すなよ、まず俺が先だぞ」
一気に押し詰めて、混乱する中もカイルは柔軟に対応していく。
「あ、あの……私は」
「おい、貴様!下級貴族の分際で話しかけるとは失礼にもほどがあるぞ⁉」
「そうよそうよ!」
「あ、ごめんなさい……」
話しかけようとするも、他の貴族に注意され体をひっこめる少女にカイル自ら向かっていく。
「そんなことはないさ。下級貴族と言っても貴族は貴族、同じ人間同士、是非話しかけてくれると嬉しいんだけどね。」
そう言ってカイルはやさしく微笑み、少女の顔を真っ赤に染め上げた。
カイルの紳士的な対応に他の貴族たちが思わず声を上げた。
「な、なんと心の広い方だ……」
「最上位の貴族ながら全く驕った態度をとらないとは……」
「おまけに剣の実力もあり、あの容姿……才色兼備とはこの人のためにある言葉だ。」
周りから浴びせられる称賛の声にカイルは満足そうにしている。
「さすがですねカイル様、あっという間に貴族たちの心をつかむとは。」
「お前たちも、もう少し柔軟な態度でもいいんだぞ。」
「いいえ、私たちは幼い頃からこの口調なので、寧ろしない方が歯がゆいですわ。」
「だろうな、だからあえて何も言わなかった。」
カイルは今ある光景を改めて見渡す、貴族たちが集まっているこの光景を。
「初めはどうなることかと思っていたが、なんとかやっていけそうだな。……ただ気がかりもある。」
「平民の事ですか?」
「ああ、クラスが違うといえど、平民が貴族と同じ立場でいることがどうしても許せなくてな、これはすぐに整備が必要と思うんだが……」
カイルがそこまで言うと、二人は察したように互いの顔を見合わせると同時に頷き、何も言わず頭を下げた。
「我々二人、これよりカイル様の学園生活を全力でサポートさせていただきます。」
頭を下げる二人に視線を向け、二人の忠誠を受け取るとカイルは強く頷いた。
「ああ、俺達でこの学園を変えていこう。本来のあるべき形に……」