この大学もまたお嬢様や御子息だけが通うような由緒正しい大学で、幼稚舎から大学までの一貫校である。都会のお嬢様達はよそ者に厳しい。思っていたよりも人生は過酷だ。
ただうちは歴史だけはある! だから新興ではない! それだけは声を大にして言いたかった。
そんな訳でまともに友達も出来ないまま日々が過ぎ去ったある日の事。
その日も私は深夜にこっそりセルヴィがどこかに隠し持っているお菓子を探していた。
何故そんな事を知っているのかと言うと、たまにキッチンのゴミ箱の中に夢にまで見たポテチの袋が入っているからだ。あと有名なアイスクリームの包装紙も見たことがあるし、あの有名なカフェの容器が入っていた事もあった。
「セルヴィ……一人で私が食べたいものリスト、飲みたいものリストの上位10位を全部網羅してるなんて……憎いっ!」
足音を忍ばせていつもよりもずっと遅い時間にこっそり起きてリビングに行くと、そこには誰も居ない。当然だ。今は草木も眠る丑三つ時。セルヴィだってぐっすり眠っているはずなのだ。
私がソファの下や戸棚の中をゴソゴソと漁っていると、突然玄関の方からカードキーが開く音が聞こえてきた。
「!?」
その音に驚いた私は咄嗟にリビングにある物入れの中に身を忍ばせて、息を殺し物入れの隙間から覗いていると、リビングの明かりがついてセルヴィが入ってくる。
『セルヴィ? こんな時間にどこか行ってたの?』
心の中には沢山の疑問符が浮かんだが、すぐにある仮定を考えついた。
あれほど探してもどこにも隠されていなかったお菓子は、きっとセルヴィが深夜にこっそり買いに行っていたに違いない。そう、例えばコンビニとかで!
そう思ったけれど、セルヴィにはどこかで買い物をして来た様子はない。
それどころか白いシャツの襟元には微かだけれど赤いシミのような物が出来ていた。それはぱっと見ケチャップのようだ。
『ま、まさかイートインのあるコンビニでホットドッグでも食べて来たと言うの!? 私を差し置いて!?』
そんなのあまりにも悔しすぎるではないか!
思わず拳を握りしめると、セルヴィもケチャップに気づいたのか、シャツの襟元を見て忌々しげに顔を歪める。
その顔はいつものセルヴィの顔ではない。まるで獰猛な猛禽類のような、激しい肉食獣のような顔つきに私は思わず息を呑んだ。
セルヴィはこんな所から私が覗き見している事など気づきもしないのだろう。その場でシャツを脱ぎ捨てると、舌打ちをして呟く。
「可愛くない上に美味しくないとか最低だな。最近は質がどんどん落ちてる気がする。はぁ、早く完成しないかな。あの子は絶対に美味しいに違いないんだから」
セルヴィはため息混じりにそんな事を呟いているが、いつもの口調ではないセルヴィが何だか新鮮だ。
私はセルヴィの半裸に釘付けになりながらも、セルヴィの言った言葉の意味を考えていた。
セルヴィはやはり何かを食べてきたようだが、それは可愛くなくて美味しくなかったらしい。一体なんだ? そんな食べ物……ドリアンとかか!?
いや、ドリアンをこんな深夜に食べに行く人はきっと居ないだろう。
けれどここは都会だ。そんな人が居てもおかしくは無いし、深夜にドリアンを提供する店もあるのかもしれない。
ただドリアンは食べたことは無いが味は良いというから違うかもしれない。
けれど味覚は人それぞれだ。
『ドリアンか……それならいっか』
単純な私は食べたいものリストにドリアンは入っていなかった事を思い出してホッと胸を撫で下ろした。
きっと優しいセルヴィはドリアンの匂いを私が嫌がると思って、わざわざこんな時間にたった一人でドリアンを食べに行ったに違いないのだ。なんて気遣いの出来るお世話係なのだろうか。
セルヴィの涙ぐましい努力に思わず涙が出そうになったが、ではあのケチャップは何なのだ。
よく分からないまま困惑していると、それまでスマホを見ていたセルヴィがようやくソファから立ち上がり、電気を消してリビングを出て行った。
私はよーく耳を澄ませてセルヴィの気配が完全に消えるまで待つと、こっそりと物置から出て自室へと戻る。
翌朝、あんな時間に戻ってきたにも関わらずセルヴィは朝からきちんといつものように朝食とお弁当を用意してくれていた。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、セルヴィ。今日も美味しそうな朝食ね」
テーブルの上には豪華な分厚いサンドイッチと紅茶が置いてある。
「お褒めに預かり光栄です」
慇懃な態度で頭を下げたセルヴィを見て、ふと私は昨夜の事を思い出して言った。
「セルヴィ」
「はい?」
「私にそんなに気を使わなくてもいいのよ?」
「と、言いますと?」
「あなたには、好きな時に好きな物を食べる権利があるわ。だから私に隠れてこっそり食べなくても良いの」
そんな深夜にドリアンを食べに行かなくても良いのだ。部屋が臭くなるぐらい何だ。換気すれば良いではないか。