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第14話『お嬢様、ゾンビになる』

「そう。吸血鬼は基本的には人間から吸血をしてその寿命を延ばす。言わば僕達にとって人間は、君たちで言う所の必須アミノ酸みたいなものだ。体内で製造する事が出来ないからそれを直接補う為に吸血する。だから大抵の吸血鬼はお気に入りの人間を囲うっていうか、飼って餌にしてるんだけど、ただの人間のままではいずれ死んでしまう。劣化も激しいしね」

「劣化?」

「うん。老化が激しいでしょ? 人間は」

「……そうだけどさ、言い方……」


 思わず漏れた素にセルヴィが優しく微笑んだ。


「まぁ僕達と人間ではいくら見た目が似ていても価値観も生態も何もかもが違うから仕方ない。君たちが牛や豚の事を家畜と呼ぶのと同じだよ」

「うっ……」


 そう言われると何だか胸にクるものがあるが、実際人間など吸血鬼にとっては本当に餌に過ぎないのだろう。


「そんな僕達にとっては餌でしか無い人間なんだけど、ある条件を満たすと劣化しない自分だけの餌を作る事が出来るんだよ。それを嗜好生物って言う」

「劣化しないの? どうして?」


 すっかりお嬢様仕様も忘れて私はセルヴィから距離を取りつつ尋ねる。


「成長が止まるからだよ。それに僕からの供給を絶たなければ、君はもう死ねない。そして逆に僕からの供給を毎日受けなければ、君は生きる事が出来ない。それがさっきのキスだよ」

「へ?」

「そういう契約を君が受け入れた。まぁ、種明かしをすると僕は君に何の説明もしなかったんだけど、一刻を争う非常事態だったんだから仕方ないよね」

「ね、ねぇよく分かんない。どういう事? 私、一体どうなってるの?」


 聞けば聞くほどよく分からないセルヴィの言葉に私は混乱した。


「う~ん。つまり今の君は腐り落ちてないゾンビみたいな物って事」

「ああ、ゾンビ……ゾンビ!? 綺麗なゾンビって事!?」

「そうそう、そういう事。そしてそれを維持出来るのは契約した痣の持ち主だけ。つまり僕。分かった?」

「わ、分かったような分からないような?」


 つまり何か? 幼い頃の私が何も考えずに交わした契約は、実はとんでもない契約だったという事か? おまけにさっきみたいなキスを毎日しないといけない?


 恐らく相当困惑した顔をしていたのだろう。目を白黒させているであろう私の顔を、セルヴィが覗きこんできて不敵に笑う。


「まぁもっと簡単に言ったら君は僕専用の餌になったって事だよ。大変なんだからね。人間を嗜好生物に作り変える条件って本当に難しいんだから! 絃ちゃんもちゃんと自分を大事にしてね?」

「……」


 一見すると私の事を心配してくれているような気さえするが、今のセルヴィの言葉をゆっくり咀嚼して反芻すると、どう考えても自分の利益の事しかセルヴィは考えていない。


 そもそもあの時、私が「いいよ」と言わなければセルヴィは助ける気すら無かったのではなかろうか。


「ちなみに、その条件が難しいっていうのはどれぐらい難しいの?」

「そうだなぁ。まずは自分の好みに合うかどうかでしょ? それから年齢は出来るだけ若いほうが良い。なおかつ綺麗で瀕死の状態である事。ね? 相当難しいと思わない?」

「……最初のは妥協すれば良くない?」

「はは! 馬鹿言わないで。何なら一番譲れない条件だよ。絃ちゃんが読んだ吸血鬼の本に書いてなかった? 吸血鬼は美意識が高いってさ」


 そう言ってからかうような顔でこちらを向いたセルヴィの言葉に、思わず私は真っ赤になってしまった。


「ほらね。そういう所が可愛くて仕方ないんだよ」

「か、からかわないでよ!」


 私はどんどん熱くなる顔を両手で仰ぎながら涙目でセルヴィを睨みつけるが、セルヴィはそんな私を見ても嬉しそうだ。


「で、絃ちゃん。今日から僕達の立場は逆転した訳なんだけど、いつまでそのお嬢様の仮面をしているの?」

「ど、どういう意味かしら?」


 言われて慌ててお嬢様の仮面を被り直した私を見てセルヴィがまた意地悪に微笑む。


「だってそうでしょ? 君は今日から僕の嗜好生物で、言わばペットのようなものだよ。もちろん飼い主は僕。ペットはペットらしくもっと自由に飼い主にワガママ言ったり甘えてくれて構わないんだよ?」


 甘い笑みを浮かべてそんな事を言うセルヴィの甘言に一瞬グラリと来そうになったが、まだセルヴィの事を完全に信用した訳ではないし、そもそもそんな簡単にお嬢様の仮面を外すことが出来ていたら、今頃私はポテチで扇子を作って食べるぐらい自由に過ごしていただろう。


「で、出来る訳ないでしょ。嗜好生物か何か知らないけど、あなたとはまだ出会ったばかりで、キ、キスまで無理やりされたんだから」


 そこでまた真っ赤になった私を見てセルヴィが笑みを深める。


「なるほど。人間は信頼関係を築かなければいけないって人間学の先生も言ってたな。あと、そのキスって単語だけでそんなになるのは本当にどうにかして。可愛すぎるから。それではお嬢様、もうこんなお時間です。お部屋までお送りしましょう。ああ、でもその前にまずは味見をさせていただけますか?」

「は? 味見って——っ!」


 何か嫌な予感がすると思ってセルヴィから一歩離れようとしたけれど、気がついた時には私はセルヴィに抱きかかえられ、髪をかき上げられて首筋をカプッと噛まれていた。

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