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第13話『お世話係のペット』

 とりあえずハンバーガーを置いて震える手でポテトに手を伸ばしてセルヴィを見上げると、セルヴィがコクリと頷く。


 それを確認した私はポテトを一本口に含んで今度は固まった。全身に電気が流れたような衝撃が走ったのだ。


「これも飲んでみる?」


 きっとセルヴィはたかがハンバーガーとポテトでここまで感動するものか? と思ったに違いない。そして面白くなってきたのだろう。セルヴィが最後に私に勧めて来たのはコーラだった。


 今度は私がコクリと頷く番だった。セルヴィから受け取ったコーラを一口飲んで、とうとう私はじっとしていられなくなり、立ち上がってそのまま走り出したのだ。


「あ、ちょっと、そっちは危ないよー」


 セルヴィが背後から声をかけてくれていたようだが、私には何も聞こえてなどいなかった。ただただこの感動をどうにか発散したかったのだ。


 だから気が付かなかった。このベンチのすぐ前にあるのは広場などではなく、氷が張った池でその上に雪が積もっていて地面に見えていただけだと言う事に。


 興奮した私はセルヴィの声を無視してその雪の上を駆け回った。


 そして——次の瞬間には大地が割れ、私の体は見事に冬の池に落ちたのである。


 その途端ドクンと心臓が大きく跳ねて、私は息をつまらせた。


「あーあ、言わんこっちゃない」


 最後に聞こえたのはセルヴィの呆れたような声だった。


 気がついた時には私はセルヴィに助けられていて、さっきまで座っていたベンチに寝かされていたのだが、その時に見たセルヴィの髪は茶髪ではなく月の光を溶かし込んだようなプラチナブロンドで、瞳は真紅に輝いていた。


 そのあまりの美しさに思わず私がセルヴィに手を伸ばすと、セルヴィはその赤い目を細めて私の手を取り、言ったのだ。


「ねぇ君さ、僕のペットになる気ない?」


 と。その言葉はまるで私の耳にはプロポーズのようにも聞こえていた。おとぎ話から抜け出してきたみたいな王子様のようなセルヴィに、私は幼心に淡い恋心を抱いたのだ。そして安易に返事をし——。



「思い出した?」

「ん」


 全てを思い出した私を見下ろしてセルヴィが薄く微笑む。もう話すことすら辛くなってきた私が短い返事をすると、セルヴィは満足げに頷いた。


「まずは動けるようにしようか。このままでも良いけど、絃ちゃんは動いて喋ってるのが一番可愛いもんね」


 よく分からない理由をつけてセルヴィは何を思ったか、唐突に顔を近づけてきたかと思うと、そのまま私の唇を自分の唇で塞いできた。


 微かにしょっぱいのはセルヴィがさっき食べていたコンソメポテチのせいだろう。こんな形でポテチの味は知りたくなかったが、めっちゃ美味しい。


 抵抗出来ない私はそれからしばらくセルヴィのキスを受け入れていたが、セルヴィが唇を離した途端、私は弾かれたようにセルヴィの上から飛び下りた。


「はっ! う、動ける!」


 あまりにも勢いよく飛び降りたからか、そんな私を見てセルヴィが苦笑いを浮かべながら唇を尖らせて言う。


「傷つくなぁ。何もそんな勢いよく下りなくても良くない?」

「き、傷ついたのは私よ! な、何でキ、キス、キス!?」


 すっかりお嬢様の仮面を脱ぎ捨てた私は顔を覆って叫んだ。


 そうだ、私は今とても大切な何かを失ったのだ。それに気づいて顔に熱が集中するのを感じながらその場でドサリと膝から崩れ落ちると、そんな私の顎をセルヴィが掴んだ。


「ねぇ、キス一つでそんなに真っ赤になるの? 可愛すぎない?」

「そ、そんな事はどうでも良いの! 説明して! ペットって何!? 私は一体何にいいよって言ったの!?」


 自分で言うのも何だが、5歳の頃の私は非常に愚かで早まったようだ。


 思わずと言わんばかりにセルヴィの胸ぐらを掴んだ私に、セルヴィは両手を上げて降参のポーズをすると満面の笑みで話し出す。


「君がいいよって言ったのは、吸血鬼とする痣の契約だよ。さっきまで君の手の甲にあった、あれね」


 言われて自分の手の甲を見た私は息を呑んだ。そこにずっとあったはずの痣が、綺麗さっぱり消えてしまっていたからだ。


「ど、ど、ど、どこ行ったの!?」

「ここだよ。あれは元々僕の物だ」


 そう言ってセルヴィは舌を私に見えるように突き出してきた。そこには確かにくっきりはっきりと花のような痣がある。


「冗談……だよね?」

「この期に及んでまだ冗談だと思うの? 流石にそれは無理じゃない? 人間は疑り深いなぁ、もう」

「だ、だってまだ信じられない事が一杯……」


 そう言いつつ、つい先程まで指先すら動かす事が出来なかった事を思い出して私は黙り込んだ。これこそ夢であれと思うのに、一向に目覚める気配がない。


「信じようが信じまいが、さっきも言った通り君の体はもう吸血鬼の契約によって嗜好生物に作り変えられてしまったんだよ。だからもう僕からは逃れられない」

「嗜好、生物?」


 聞いた事の無い生物に思わず首を傾げると、セルヴィがコクリと頷く。

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