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第12話『お嬢様は思い出す』

 すると次第にセルヴィの姿が変化していき、あの夜に見たセルヴィの姿になっていく。


「この姿を見てもまだ思い出さない? 本当に?」


 その言葉に私は必死になってセルヴィを思い出そうとするが、不意に思い出したのは五歳の時に貰ったハンバーガーだ。


「ハンバー……ガー……くれた……」


 我ながら何て色気のない記憶力なのだろう。セルヴィもそう思ったのか、おかしそうに目を細めて頷く。


「そうだ。あの時、君にハンバーガーのセットを食べさせたのは僕だ。けど先に言い訳をしておくと、流石の僕もその後すぐに君があんな事故に遭うなんて思ってもいなかったんだよ?」

「事故……池……ポチャ……?」

「うん、冬の池に見事に池ポチャしたね。あの時、君はショック死をしかけた。それを助けたのが僕だ。覚えてない?」


 肩を揺らしながらそんな事を言うセルヴィは、まだ私の体を放さない。


 男子にこんなにも密着した事など生まれてこの方一度も無かったので、体が動かない恐怖と抱きかかえられているドキドキでもう一度心臓が止まりそうだ。


「わか……ない」

「そっか。まぁ君ほぼ死んでたもんね」

「?」


 死んでいた? あの時に? 


 かろうじて動く視線をセルヴィに向けると、セルヴィは私の不安など他所に微笑んでいる。


「あの時、君の心臓は一度止まった。僕はそんな君にほんの少しだけ力を分けて一時の猶予を与えたんだよ。そして尋ねた。『ねぇ君さ、僕のペットになる気ない?』って」


 その言葉にツキンと頭に鋭い痛みが走り、あの時の一部始終がまるで走馬灯のように蘇る。


 そうだ、私は確かにあの時誰かにそう尋ねられたのだ。そして快く頷いた。


『いいよ!』と。


 何て浅はかなのだろう。もしかして幼い頃の私は少しだけおバカだったのだろうか? 


 私の脳裏にすっかり忘れていた過去の記憶が徐々に蘇り始める。



 あれは私の五歳の誕生日パーティーだった。某有名ホテルの会場を貸し切って、親戚一同が集まり皆して私の誕生日を盛大に祝ってくれた日の事だ。


 私は一年に一度のそのパーティーが楽しみで楽しみで仕方なかった。何故ならこの日だけは普段と違う物が食べられるからだ。


 年がら年中和食のみしか出ない香澄家において、この日だけ食べる事が出来るハンバーグやエビフライを私がどれほど楽しみにしていたかなんて、きっと誰も知らないだろう。


 パーティーが中盤に差し掛かった頃、見渡すと大人達は酒を浴びるように飲んでいた。酒が入ると途端に大人は子どもの事など忘れてしまう。


 勝手に盛り上がり本日の主役などそっちのけでカラオケの機械まで借りて演歌など歌い始めた所で、私は飽きた。


 目の前に並ぶ豪華な洋食のテーブルからエビフライを拝借して両手に握りしめ、真冬の寒空の中を一人で勝手に外に出たのだ。


 当時の私は自分の事をどこか違う世界からやってきたお姫さまか何かだと思っていた節があった。


 私は会場をこっそりと抜け出してホテルの中庭で見つけたベンチに向かってエビフライを齧りながら歩いていたのだが、ふとベンチに先客が居る事に気づき足を止めた。


「あなた誰? 絃のお誕生会に来た人?」


 ベンチでは綺麗な人が見たこともない物を机の上に広げて正に今、食事をしようとしていた。それが今思えばセルヴィだったのだろう。


 セルヴィはこちらを見るなり手招きして私を呼びつけると、自分の隣の席を無言で叩いた。


「ごめんね。君の誕生日は流石に知らなかったな」

「違うの? それじゃあ今からお祝いに来る?」


 それを聞いてセルヴィの目が大きく見開かれた。そしてぽつりと言う。


「僕を誘ってくれるの?」


 と。


 今日の主役は私だ。だから全世界の人が私の誕生を祝っている。つまり、セルヴィもまた私の誕生日を祝ってくれるだろうと思いこんでいたが故のお誘いだったのだが、そんな私のトンチンカンなお誘いにセルヴィは微笑んだ。


「お誘いありがとう、可愛いお姫さま。お誕生日というからには何かプレゼントしないとね。どうぞ」

「これがプレゼント? これ何? 見たことない」


 私は見たことも無い何か良い匂いがする物を見て、目を輝かせてセルヴィを見上げると、セルヴィはそんな私の頭をワシワシと撫でながら驚いていた。


「ハンバーガーのセットを見た事がない? そんな人間がこの世に居るの?」

「ハンバーガー? 聞いた事ない。食べても良いの? 食べ物だよね?」


 その言葉にセルヴィは吹き出してまた私の頭を撫でてくれる。


「構わないよ。だって今日がお誕生日なんでしょう?」

「うん! いただきます! どうやって食べるの? お箸?」

「こうやって手で持ってそのまま齧るんだよ」


 そう言ってセルヴィは私にハンバーガーの食べ方をレクチャーしてくれた。思えばこの頃からセルヴィは面倒見が良かった。


「そうなんだ! いただきまーす。がぶっ!」


 一口齧った途端、私の両目はその衝撃に大きく開かれる。脳の中でバチバチと何かがスパークしたような気さえした。

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