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第11話『世話係の獲物』

 翌日、私は週末という事もあり盛大に寝坊してしまった。いくらお嬢様仕様で居ても、やはり本来の自堕落な性格はなかなか隠せない。何よりもここは実家とは違って昼まで寝ていても誰も起こしに来ないのだから仕方ない。


 まだ眠い目を擦ってノロノロと着替えて顔を洗うと、リビングに向かった。


「絃ちゃん、おはよう。もうお昼だけどね」

「おはよう。課題をしてたら遅くなってしまったの」


 来週の半ばが締め切りのレポートを仕上げなければならない事を思い出してしまいついつい夜ふかししてしまったのだが、それを聞いてセルヴィは悲しげに眉を下げる。


「そうなの。僕がやってあげようか? 大抵の分野は分かるよ?」

「い、いいわよ! 時間がかかってもちゃんと自分でやるわ!」


 流石にそこまでセルヴィに甘える事は出来ない。いくら私が怠惰系お嬢様だとしても。


「そう? 偉いね」

「そ、そうかしら?」


 何をしても褒めてくれるセルヴィだが、この所そんな自分に危機感を覚えている私である。両親や実家の使用人達よりもセルヴィは私を甘やかしてくるからだ。


 このままでは私の怠惰に拍車がかかってしまいそうだし、セルヴィ無しでは生きていけなくなりそうだ。


 私はそんな未来の自分の姿を想像して青ざめながらふと、目の前のセルヴィについて考えた。


 セルヴィと出会ってまだ間もないがセルヴィについて分かった事がいくつかある。


 セルヴィはしょっちゅう吸血をしに行く割に、人間の事を軽蔑している。というよりも、興味が無さそうである。


 セルヴィはとにかく目立つので、それこそどこへ行っても周りの人達の注目を一心に集めるのだが、どれほどの美人に言い寄られたとしてもセルヴィは決して靡かない。


 それからもう一つ。セルヴィが吸血する相手は決まって黒髪でロングヘアーの女子だと言う事。これは私が実際に見たわけではないのだけれど、あのタクシーの運転手さんが今でもたまにあの繁華街でセルヴィを見たと言って教えてくれるのだ。


「黒髪ロングが好きなのかな?」


 随分と分かりやすい好みだが、とにかくセルヴィは相変わらずよく分からない人である。ただ一つ分かるのは、セルヴィの仕事は徹底しているという事だ。未だに私はジャンクフードが嫌いだと思い込んでいるのか、一切食べさせてくれないのだから。


 そんなある日、私は手を洗っている時にふとある事に気づいた。


「あれ? 何か痣が濃くなってるような?」


 五歳の頃に突如として手の甲に現れた不思議な花のような痣が、以前よりも何だか濃い気がする。


 この痣の事を思い出そうとすると、何かとても不思議な事まで思い出してしまっていつも途中で「夢だな」と思うのだが、今は何だかそれすらも受け入れそうになる自分が居た。それは全てセルヴィのせいだ。何せ彼は現代に生きる吸血鬼なのだと言うのだから。


「本当に吸血鬼……なんだよねぇ?」


 本人をいくら見ていても彼はそんな素振りさえ見せないが、たまに洗濯かごに血のついたシャツなんかが入っているのを見ると、背筋がゾクリとする。


 その日は特にそれ以上の感想を抱くこともなく過ごしたのだが、しばらくするとまた痣が濃くなっている事に気づいた。


 確か黒子はある日突然に大きくなったり濃くなったりしたら要注意だという話を聞いた事がある。


 私はそんな話を唐突に思い出して急に怖くなり、夕食後リビングでのんびりと映画を見ながら自分だけコンソメ味のポテチを頬張っているセルヴィの元へと向かった。


「セルヴィ、少し相談があるのだけど」

「お嬢様? どうかされましたか?」


 セルヴィは近寄った私を見上げてポテチを隠すことすらせずに、これ見よがしに最後の一枚を私の目の前で口に放り込んだ。


 この性格の悪さと来たら本当に許しがたいが、今はそれどころではない。


「あのね、これ、この痣なんだけど前よりも濃くなっている気がするの。病院に行って診てもらった方が良いと思うかしら?」


 そう言ってセルヴィの目の前に手の甲を持っていくと、その痣を見てセルヴィが今まで見せたことも無い笑顔を浮かべた。


 その笑顔は心底嬉しそうなのにどこか仄暗い。


 何だか嫌な予感しかしなくて思わず手を引っ込めようとすると、セルヴィがその手を掴む。


「ああ、ようやく——」


 セルヴィはそれだけ言うと私の手を勢いよく引っ張った。その拍子に私はバランスを崩してセルヴィの胸に倒れ込んでしまう。


「ちょ、何す——!?」


 顔を上げようとしたその矢先、セルヴィが私の手の甲に突然舌を這わせたのだ。 その途端、私の体からまるで糸が切れたかのように力が抜け落ち、そのまま為すすべもなくセルヴィの胸に倒れ込んでしまう。


 一体何が起こったというのだ。


 セルヴィはそんな私を抱きしめ、それはもう嬉しそうに言った。


「この日を待っていたんだ、あの日からずっと。これでもう君は一生、僕のものだ」

「どう、いう……意味……」


 かろうじて喉の奥から声を絞り出すと、セルヴィはぐったりする私の体を抱いたまま、嵌めていた指輪を取って私の顔を覗きこんできた。

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