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第10話『世話係は意地悪』

「それで、今日はこれで終わり?」

「ええ」


 それを聞いてセルヴィは嬉しそうに微笑むと、おもむろに立ち上がって私の手を取った。


「じゃ、もう大学に用は無いね。帰ろう」

「え? ちょっと待ってちょうだい! まだカフェの今日のイチオシ調べて——」


 そこまで言って私はハッとして口をつぐんだ。恐る恐るセルヴィを見上げると、セルヴィは口の端だけを上げて薄く微笑んでいる。


「どういう事? 絃ちゃんは僕のお弁当だけじゃ足りないの?」

「そ、そういう訳ではなくてほら、社会勉強もしないとこの先困るでしょう?」

「困る? 何に」

「何にって、この先就職したり結婚したりして、その時に有名なチェーン店の一つも知らないとか恥ずかしいかしらって、その、思わない?」


 思わず早口で言った私を見下ろしてセルヴィが冷笑する。


「思わないよ。だって絃ちゃんは就職なんてしないし、結婚だって出来ないからね。何なら彼氏も出来ないよ。僕が居る限り」

「ど、どういう事?」

「さて、どういう事だろうね? そのうちちゃんと説明してあげる」


 そう言ってセルヴィは私の手を取ると、皆の視線などものともせずに私の手を引いて教室を出る。


 そして案の定カフェには立ち寄らせてはもらえず、あっさりと車に乗せられてしまった。


「カフェ……今日ラーメンの日かもしれないのに……」

「何か言った?」


 助手席から大学を見ながら誰にも聞こえないような声で言うと、運転席で案の定セルヴィが首を傾げて尋ねてくるので、私はすぐさま首を振る。


 私はお嬢様なのだから、ラーメンの日を待ち望んでいるだなんて口が裂けても言えない。


「あ、帰りにちょっとだけコンビニ寄っても良い?」

「え!? ええ、もちろん!」


 コンビニと聞いて興奮しそうになるのを堪えながら出来るだけお行儀良い返事をした私に、セルヴィは頷いてハンドルを切り、角を曲がってコンビニにスイーっと入って車を駐車する。


「何か買うの?」


 思わず前のめりで尋ねた私にセルヴィが頷いた。それを見て私がシートベルトを外そうとすると、まるで先回りするのかのようにセルヴィが突然のお世話係仕様で言う。


「お嬢様はここでお待ちください、すぐに戻るので。私の買い物にお嬢様を付き合わせる訳にはいきませんから」

「え」

「何か? コンビニにはお嬢様が探すような物はありませんよ」

「そ、そうよね」


 ぐぬぅ。心の中で苦虫を噛み潰し過ぎてペーストにしながら私は颯爽と車から下りていくセルヴィの背中を見送った。


 悔しい。何を買うつもりなのかは知らないが、悔しすぎる。コンビニは私にとっては夢の食べ物が沢山詰まった宝の店だ。


「カップラーメン、ポテチ、肉まん、チョコのお菓子、コーラ、アイス、ケーキ、惣菜パン……うぅぅ」


 お金ならあるのに。買うことすら許されないだなんて。こんな人生があって良いのか。


 しばらくするとセルヴィが車に戻ってきた。その手には袋が2つぶら下がっている。その袋の中には私が夢にまで見たお菓子の類やこのコンビニだけで買えるホットスナックまで入っているではないか!


「ず、随分沢山買ったのね?」


 動揺しすぎて声が上ずってしまった私に、セルヴィが申し訳なさそうな顔をして言う。


「すみません、お嬢様。お嬢様はそんな風に顔を引きつらせる程お嫌いなんですよね? こういう食べ物が」


 そう言ってセルヴィは袋を私の目の前で振った。私にはその笑顔がとてつもなく意地悪に見える。


「そ、そんな事は全然無くてよ!? 私、お嬢様ですもの! 好き嫌いなんて何もな——」

「納豆は?」

「……嫌いです」


 間髪入れずにそんな事を尋ねてくるセルヴィを私は軽く睨みつけた。


 こいつ、もしかしてわざとやっているのか? 


 いい加減そんな事を思い始めたが、そんな事をしてもセルヴィには何のメリットも無い。つまり、これは完全に親切心なのだろう。とんだ見当違いだけれど。


 私は極力その袋を見ないように帰り道はずっと窓の外を見ていた。車の中にはとても良い匂いが充満していて泣きそうになりながら。


 やがて家に辿り着きセルヴィ作の素晴らしい夕食を食べ終え、たまにはお皿洗いでも手伝おうかと席を立つと、そんな私をセルヴィが不思議そうに見つめてくる。


「お茶? 僕が持ってくるから座ってていいよ」

「え? いえ、お皿を洗おうかしら、と」


 いくら怠惰が売りの私でも、流石にそれぐらいはしないと人としてマズイ。それにせっかく一人暮らしを始めたのだ。今まで実家で出来なかった事を色々と体験してみたいのもまた事実である。


 けれど何故かセルヴィがそれを聞いて眉根を寄せた。


「絃ちゃんにお手伝いなんてさせないよ。絃ちゃんの面倒を見るのは僕の役目だからね」

「いや、流石にお皿洗いぐらいは——」

「いいから。お嬢様はどうぞテレビでも見てくつろいでいてください。ああ、今日はデザートにプリンを用意してありますよ」


 何故か一切の家事を手伝わせてくれないセルヴィに唇を尖らせたが、プリンと聞いて私は目を輝かせる。そんな私を見てセルヴィは嬉しそうに微笑んだのだった。

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