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第9話『世話係はお嬢様がツボ』

 実に甲斐甲斐しいセルヴィに私は心の中でずっと頭を捻っていた。本当にこれが吸血鬼なのだろうか? と。


 大学に到着した私は一限目の講義を受けて次の講義までの時間を利用して図書室へと向かった。そこで片っ端から吸血鬼の本をかき集め、読み耽る。


「ふむふむ。吸血鬼は十字架が嫌い。にんにくも駄目。聖水も嫌いで日光も嫌い。不老不死だけど銀に弱く、心臓に杭を打つと良い? 怖いっ!」


 吸血鬼自体は幼い頃から何かしらの形で知識としては知っていたが、今まで深く考えた事も調べようと思った事も無かったが、こうやって見ると吸血鬼には結構たくさん弱点がある。


「ていうか嫌いな物多すぎじゃない? でもあんまりセルヴィには当てはまらないような?」


 何せセルヴィはにんにくたっぷりの餃子だって喜んで食べるし、普通に陽の光の中も歩き回っている。十字架と聖水は試した事ないけど、そもそも十字架は良いとして聖水などどこで手に入れれば良いのか。


 そこまで考えて私はハッとした。


「私、別にセルヴィを退治したい訳じゃないんだっけ。どこかに吸血鬼と仲良く暮らす方法とか無いのかな」


 調べる限り吸血鬼はやはり闇の生き物で、どうやっても明るいイメージも無ければ陽気なイメージもない。


 確かにあの夜に見たセルヴィはそんな感じだったけれど、昼間のセルヴィはどう足掻いてもただの顔が馬鹿みたいに良いハイスペ男子だ。


 調べれば調べるほどセルヴィとは乖離していく吸血鬼像に、とうとう私は本を投げ出した。


「駄目だ。明るい吸血鬼なんて本の中には存在しないんだ」


 それではやはりあれはセルヴィの芝居か何かだったのだろうか? だとしたらあのぐったりと倒れていた女性は一体? それにあの姿は?


 私は珍しくファストフードの事は一切考えなかった。十数年生きてきたけれど、これは初めての事だ。


 講義の為に教室に戻って一番後ろの席に座っていると、誰かが隣に腰を下ろした。視線だけで隣に座った人を確認すると、そこには何食わぬ顔をしたセルヴィがさも当然かのように座っている。


「セルっ!!」

「しー。授業始まるよ」


 驚いて声を上げそうになった私の口を、セルヴィが塞いだ。私はもごもごと口を動かしてセルヴィに抗議しようとすると、セルヴィはちらりとこちらを見て言う。


「一度こういうとこで授業ってのを受けてみたかったんだ。人間の大学ではどんな事を教えてるのか興味あってさ」


 それを聞いて私は目を丸くした。


「吸血鬼でも大学って行くの?」

「もちろん。ちゃんと学校もあるし、公共施設だって飲食店だって人間のそれと変わらないよ」

「そうなの。案外普通なのね」

「一体どんなイメージを持ってるの? 吸血鬼に」


 おかしそうに肩を揺らすセルヴィにさっき仕入れた知識を披露すると、セルヴィは苦笑いを浮かべている。


「あー……それは本当に映画や本の中に出てくる吸血鬼だね」

「実際には違うの?」

「同じに見える?」


 逆に問われて私は素直に首を振った。


「そうでしょ。むしろそれはヴラド3世とか、エリザベート・バートリーだとか、ジル・ド・レのせいなんじゃない? ただ合ってるのもあるよ。銀の弾丸は効くね、普通に。ていうか、再生が間に合わなければ普通の弾丸でも死ぬよ。交通事故とかでぐちゃぐちゃになっても終わり。何も銀の弾に限らない」

「不老不死だってあったけれど、あれも嘘という事?」

「うん、嘘だよ。不老不死ではないよ。ただ、人間よりは遥かに寿命が長いというだけ。でも吸血鬼って言うぐらいだから吸血はするよ」

「そうよね……今思えばあれはケチャップではなかったのね」


 ボソリと呟くとセルヴィが首を傾げるので、あの日見た事を説明するとセルヴィは口元を覆ってその場で静かに地団駄を踏んで声を殺して笑っている。


「そ、そんなに笑う事かしら?」

「っごめん、でもさ、どうしてケチャップ……そんな深夜にさ」

「赤いものと言えばケチャップでしょ?」

「他にもあるでしょ? 例えばどこかで口紅がついたのかとか」


 それを聞いて私はポンと手を打った。確かにセルヴィの言う通りだ。健康な男子が夜中に抜け出したからには、ケチャップよりも口紅の方がリアリティがある。


 そんな様子を見てセルヴィはまた笑い出した。そしてしばらく無言で笑っていたかと思うと、目の端に溜まった涙を指先で拭って胸を押さえ乱れた呼吸を整え始める。


「はぁ、笑った。五歳の頃から何も変わらないんだもんな、君は」

「え?」


 どういう意味? それを聞くよりも先に授業の終わりを告げる鐘が鳴った。


「あれ? もう終わり? 先生の授業よりも絃ちゃんの方が面白かったな」

「それはあなたが勝手にそう思っているだけよ」


 口紅など考えもしなかった私は平常心を装おいつつ猛反省していた。今までファストフードとジャンクフードにかまけすぎて、どうやら色恋にはとんと疎くなってしまっていたらしい。

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