「そうだよ。ちゃんと自己紹介したでしょ?」
「し、した。したけど、きゅ、吸血鬼って言って……た?」
未だにどこからどこまでが夢だったのかが分からなくて半信半疑で尋ねると、セルヴィはまたもやコクリと頷いた。
「言ったよ。正真正銘、僕は吸血鬼だ。まぁ、この呼び方はあまり好きじゃないんだけどね。何だか俗っぽくない?」
「え、でも他に何か呼び方……そんなのはどうでも良いの。一体どういう事? 昨夜のあれは何? あんな所で何をしていたの?」
矢継ぎ早に尋ねる私を見下ろしてセルヴィがキョトンと首を傾げた。
「何って、狩りだけど。吸血鬼が夜に女を襲うなんて、吸血しかなくない?」
「きゅ、吸血!? ドリアンじゃなくて!?」
「ドリアン? 一体何の話?」
驚いた私を見てセルヴィは困惑したような表情を見せたが、次の瞬間には笑み崩れる。
セルヴィのこんな笑顔を今日まで見たことが無くて何だか胸がときめいてしまった。
「相変わらず何かよく分からない妄想をしてたみたいだけど、僕が深夜に抜け出してたのは狩りをしていたからだよ。それよりも絃ちゃん」
セルヴィはそこまで言ってキッチンから出てくると、怖い顔をして私に近寄ってきて唐突に私の頬を両手でムギュっと挟んで言う。
「あんな時間に君みたいな可愛い子が一人でウロウロしてたら危ないでしょ? 君がついて来た事に気づいて事前にタクシー会社と黒服達に連絡したから良いものの、悪い人に連れ去られたらどうするの」
「ご、ごめんなさい」
それは私も散々想像した。そして帰ろうと思った所であの現場を目撃してしまったのだ。
というよりも、私の尾行はどうやら完全に最初から見抜かれていたらしい。
「まぁ、守れたから良しとしよう。それで今日のふりかけは何が良い? ゆかり? それとものりたま?」
「の、のりたま」
思わず答えると、セルヴィが微笑んでまたキッチンへと戻っていく。
機嫌よくおにぎりを早朝から握る吸血鬼など、この世にいるのだろうか? そもそも吸血鬼ってもっとシリアスでダークな生き物ではないのか。
器用におにぎりを握るセルヴィを見つめながらそんな事を考えていると、セルヴィはまたお世話係仕様の顔でちらりと私を見た。
「ほら、お嬢様。朝食が出来るまでに着替えてきてください」
「え、ええ」
私はセルヴィに言われるがまま部屋へ戻って着替え鏡台の前に座ると、いつものように髪を一つに束ねようとした。そこへセルヴィがやってくる。
「また束ねるだけ?」
「え?」
振り返るとセルヴィは何だか面白く無さそうな顔をしてこちらを見ている。
「その髪型お気に入りなの? すっごく地味なんだけど」
「じ、地味!?」
ブラシを持ったまま思わず鏡越しにセルヴィを凝視すると、セルヴィは悪びれる事なくコクリと頷く。
「貸して」
「え? え、ええ。どうぞ」
セルヴィは私の手からブラシを抜き取ると、髪を丁寧に梳かし始めた。その手つきは実家のメイド達よりもずっと優しい。
それからセルヴィは目にも止まらぬ早業で私の髪を編み込み、束ね、ねじり始める。一体どんな髪型をしているのかさっぱり分からないが、とりあえず手際だけはめちゃくちゃ良い。
「はい、出来た」
「凄いのね。器用……」
よく考えればあれだけの料理が作れるのだ。そりゃ器用である。
私が後ろ頭を触りながら言うと、セルヴィは呆れたような顔をして私を見下ろしてきた。
「手のかかる嗜好生物だな。でもまぁ、その方が世話のしがいがあって良いか。明日からは服のコーディネートも髪型もメイクも全部僕がしてあげるからね。常に可愛くしておかないと、他の奴らに笑われちゃう」
「えっ!?」
髪型は分かるがコーディネートとメイクまでしてくれるのか!? それは非常に有り難いが、そんな事を果たして男性に丸投げしても良いものなのだろうか? あと、さっきチラリと聞こえた嗜好生物ってなんだ。
「なに? 嫌なの?」
「い、嫌じゃないわ。嫌じゃないけど……そんな事まで出来るの?」
「もちろん。君のために僕は色々と習得したからね。それにどうせなら自分の好みに仕上げたいし」
「……私に似合うとかではなく?」
少なくともメイド達は私に似合うかどうかで判断してくれていたのだが、どうやらセルヴィはただの使用人とは違うらしい。
「うん。僕の好み。ほら、それじゃあ早速そのださいトップス脱いであれ着て」
そう言ってセルヴィが指さしたのは、どういう場面で着るのか迷っていたカジュアルなシャツだった。それを見て思わず私はセルヴィを凝視すると、セルヴィがニコリと微笑む。
「お嬢様、早くしないと遅刻しますよ?」
「はっ!」
幼稚舎の頃からずーっと皆勤賞を守ってきた私は、もちろん大学でも皆勤賞を目指している。
私は急いで洗面所でセルヴィに言われるがまま服を着替えて戻ると、着替え終えた私の顔をセルヴィがメイクし始める。
鏡の中のいつもの私とは違う垢抜けた自分に思わず見入っていると、メイクを終えたセルヴィが私の顔を覗き込んで嬉しそうに言った。
「ああ、やっぱり可愛い! 絃ちゃんは素材を殺す天才だね」
「ど、どういう——」
意味!? と思わず掴みかかりそうになったのをすんでの所で堪えた私に、セルヴィが意地悪に微笑む。
「そのまんまの意味だよ。はい、支度してご飯食べて」
セルヴィに急かされるまま朝食を食べて車に乗り込むと、セルヴィが今日も大学まで送ってくれる。