「っ! ごめんなさい!」
ガシャン! という音に思わず体を竦ませて慌てて片付けようとした私を、慌てた様子もなくセルヴィが手で制する。
「僕がやるから良いよ。絃ちゃんは座ってて」
「いいよ! 私が割ったんだもん! 自分でやるから! いだいっ!」
流石に自堕落な私でも自分の失敗は自分で片付けたい。
そう思ってセルヴィが止めるのも聞かずにカップの破片に手を伸ばしたけれど、その瞬間に案の定というか何と言うか、私は指先を切った。その間およそ2秒だ。
「……」
「……ごめんなさい」
恐る恐る顔を上げるとセルヴィはじっとこちらを見つめて呆れ果て、ほら見ろと言わんばかりの何とも言えない顔をしている。
けれど私の指先に血溜まりが出来ているのを見た途端に瞳の色が段々と濃くなっていき、やがて真紅に変わっていった。
「セ、セルヴィ? 変身が解けて——ひゃぁっ!」
セルヴィの姿が完全に吸血鬼仕様になったと思ったら、気がつけば私は床の上に仰向けになって転がされ、セルヴィがそんな私に馬乗りになってこちらを見下ろしている。
「あ、あの?」
「だから言ったのに」
甘くて低い声に背筋がゾクリとした。
普段吸血する時のセルヴィは私を怖がらせないようにいつも細心の注意を払い、戯れながらカプッと噛みついてくのだが、今回は違う。
あまりにも不意打ちで血を見たせいか、セルヴィは自分でも制御できないみたいに私に覆いかぶさってきたかと思うと、いつもよりも強くガブッと噛みついてきた。
「ひんっ!」
痛いとも違う痺れるような感覚に思わず声を上げるも、耳元で聞こえるセルヴィの荒い息遣いにかき消されてしまう。
いつもよりも興奮した様子で吸血するセルヴィの指先が私の肩に食い込むけれど、普段とは全く違う吸血に私は慄いていた。
やがて疼くような甘い痛みが全身を巡り、体からどんどん力が抜けていく。
セルヴィもそんな私の反応に気がついたのだろう。ようやく首筋から顔を離してじっとこちらを見下ろしてきたかと思うと、わざと怖い顔をして私の鼻先を指で押し上げる。
「こうなるから絃ちゃんは危ない事しない! 分かった?」
「は、はい」
「もう! 君は自分で思ってるよりもずっと鈍臭いんだからね? 手伝ってくれようとするのは嬉しいけど、君が手を出すと結局二度手間なんだよ。だから僕が家事をしている間は大人しくしてなさい」
そんな事を言うセルヴィにはさっきまでの怖いほどの色気はもう一切無ない。
「はひ……」
それにしても吸血されてぐったりしているというのにこの仕打ち。
お嬢様の仮面すら被れずに素直に頷いた私は流石に落ち込んだ。何もそんなにはっきり鈍臭いと断言しなくても良くないか?
落ち込む私を見てセルヴィが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「もう怒ってないよ?」
「うん……でも、このままじゃ私いつか捨てられちゃうかも。何も出来ないし二度手間だし、足すぐ攣るし妄想激しいし……」
自分で言うのも何だが良い所が無さすぎる!
勝手に自分で自分を追い詰めてどんどん落ち込む私を見て、何故かセルヴィが嬉しそうに私を抱き上げて膝の上に乗せ、頭や顔をグリグリ撫で回す。
「ああもう、可愛い。本当に可愛い。何なの。良いとこ一個も無いのに何でそんな可愛いの?」
「そ、それは流石に言い過ぎでは?」
「言い過ぎなもんか! 言っておくけど君たちの言う良いとこと僕達の言う良いとこは違うからね? 吸血鬼の言う良い所って言うのは傲慢で自信過剰で傍若無人とかそんなだよ。でも絃ちゃんにはそんなとこ一個も無いんだもん!
やっぱり嗜好生物は癒やしだ……」
そんな事を言いながら私をギュウギュウ抱きしめてくるセルヴィにされるがままになっていると、気がつけばいつの間にかセルヴィの瞳と髪の色が戻っている。
「絃ちゃんはずっとそのままで居てね。僕の供給が終わるその日まで」
「……やっぱりいつか捨てるんだ……」
何だかその言い方が気になって思わず呟くと、セルヴィが目を丸くして堪らないとでも言うかのように私に無理やり口づけてきた。
「んんっ!?」
あまりにも突然過ぎて抵抗する事すら出来なかった私の体が、セルヴィのキスのおかげでようやく動くようになる。
「捨てないよ! 僕の供給が終わる日って言うのは、僕の寿命が尽きる日だよ! 一緒にお墓にも入れてもらうんだ。絶対に」
「え……お墓も一緒なの? ていうかお墓あるの?」
死んでもセルヴィと一緒なの? それは嫌だが。そんな言葉を飲み込んでセルヴィを見上げると、セルヴィが笑顔で頷く。
「もちろんだよ。そりゃ僕達は死んだら灰にはなるけど骨は残るからね。その骨はちゃんと埋葬されるよ。それと同時に君も灰になる。だから一緒にお墓に入れてもらうの。その為に早く結婚して子ども作らないと。遺言書も今のうちに作っておこうかな!?」
「……結婚……出来るの?」
ていうか、セルヴィに結婚願望があった事に驚きなのだが、私の問いかけにセルヴィがキョトンとして口を開く。