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第26話『お嬢様は赤ん坊』

 私はセルヴィの善意の塊を受け取ってキュっと蓋を開けると、中身を一気に飲み干した。そんな私を見てセルヴィが驚いたように目を丸くする。


「よくそんな冷えきった物を一気飲み出来ますね。胃が痛くなりますよ」

「平気よ。冷たいものは好きなの」


 というよりも、ここで飲み干しておけばもうこの手は使えまい。そう思って頑張って飲んだだけである。


「そうですか。そう言えば私も喉が乾いてきましたね」


 セルヴィは何気なくそう言うと、吸い込まれるように私の手を引いて私が夢にまで見たあのカフェへと入って行く。


 え? 待って? ねぇ待って? 今なの? 私が水筒の中身を飲み干した今このタイミングでここへ入るの?


 頭の中のコンピューターは完全に混乱しているが、そんな私を横目にセルヴィは慣れた様子で私が夢にまで見た期間限定のジュースを注文し終えていた。


 そしてやっぱり私が困惑している間に気がつけば私達は店の外に出ていて、隣でセルヴィが満足げに期間限定ジュースを飲んでいる。


「……美味しい?」

「うん。悪くないね。この間のより好き」

「……そう」


 この間のも飲んだのか。思わず低い声で呟いた私を見てセルヴィが申し訳無さそうな顔をした。


「申し訳ありません、お嬢様。お嬢様がこの類の物は大嫌いだと言う事は重々承知しているのですが、お嬢様の素晴らしい飲みっぷりを見ていると、どうしても喉が乾いてしまって」

「……そうね。水分補給は大事よ。とても大事だわ……」


 何ということだ。結局私の作戦がセルヴィに期間限定ジュースを注文させたというのか。


 はぁぁぁと、大きなため息を落とした私を見てセルヴィが少しだけ口の端を上げる。


「お嬢様、前から思っていたのですが、食わず嫌いは良くありません。少し飲んでみますか?」


 その言葉に私はハッとして顔を上げた。


「いいの!?」


 思わず素で答えた私を見てセルヴィがおかしそうに肩を揺らす。


「構わないよ。でも飲み慣れてなくて後で気持ち悪くなるかもしれないから一口だけね」


 そう言ってセルヴィが飲みかけのジュースのストローをこちらに向けた。


 それにしても一口だけだなんてどんな拷問だ。そっちがその気ならこっちにも考えがある。


「コホン。では失礼して——」


 上品にストローに口をつけた私は、なけなしの腹筋を最大限にまで使いこなして一息で半分ほどをずぞぞぞぞぞとすすった。


 めちゃくちゃ美味しい。びっくりするほど美味しい。泣きそうだ。


 それを見て流石のセルヴィも目が点である。


「えっと……お腹痛くなるよ?」

「大丈夫よ。だって私は綺麗なゾンビだもの。どこの世界のゾンビが冷たい物を一気飲みしたぐらいでお腹を壊すというの?」

「いやー……ゾンビって言うのは比喩だしさ、そんな一気に……」


 呆れを通り越して最早恐れさえ抱いていそうな顔で私を見下ろすセルヴィ。


 まだポカンとしているセルヴィを見てチャンスだと思い、もう一度ストローに口を付けようとしたその時、セルヴィがそれに気づいてふと言う。


「それにしても絃ちゃんから間接キスしてくれるなんて光栄だよ」


 などと。それを聞いた途端、今度は私が固まってしまった。


 間接……キス。なんて破壊力のある単語なのだろうか。


 みるみる間に体中の熱が顔に集中する。そんな私を見てセルヴィがとうとう吹き出した。


「ねぇ! だから間接キスぐらいでそんな真っ赤になるの止めてよ! 可愛すぎるんだってば!」

「そ、そんな事言ったって、し、仕方ないっていうか、生理現象よ!」

「ふはっ!」


 私の答えにとうとうセルヴィが体を折り曲げて爆笑しだす。


 それからいつもの小競り合いをしつつ目的地にたどり着いた私は、店内で迷子にならないようにとセルヴィに手を引かれ歩き回っていた。


「お嬢様、これなんてどうでしょう?」


 そう言ってセルヴィが見せてくれたのはクマの絵柄のマグカップだ。


 蓋が出来るようになっていてストローもついてる。おまけに取っ手も二つついていて中の物が溢れないようになっているし、何よりも決して落としたぐらいでは割れないプラスチック製だ。


 便利だとは思うが、それはどう見ても幼児用である。


「ねぇ、セルヴィ? それは赤ん坊用ではない?」

「え? ご自分で何も出来ないお嬢様はまだ赤ん坊なのでは?」

「……」


 それを言われると何も反論出来なくて黙り込んだ私を見て、セルヴィが口の端を上げて意地悪に笑う。


 いくら私が赤ん坊のように何も出来なくても、この年齢で幼児用のマグを使うなど完全にヤバい大人である。


 拗ねる私を見てセルヴィは大人しくマグカップを元の場所に戻すと、頬を膨らませる私の頭を撫でた。


「ごめんってば。それでマグカップはどれが良いの? ちゃんと自分で選べるの? センス皆無なのに」

「え、選べるわよ! 失礼ね!」


 セルヴィに抗議した私はセンスも何もいらない地味でシンプルなマグカップを選んでセルヴィに見せた。それを見てセルヴィは無言で持っていたカゴを指差す。


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