「自分で買うよ?」
「そうはいきません。お嬢様の身の回りの物を揃えるのも私の重要な役目です」
「……そうなの?」
「もちろん。嗜好生物のお世話をするのは私達飼い主の役目ですから」
「……」
赤ん坊扱いどころかペット扱いさえなければセルヴィは申し分の無いスパダリなのだが、いかんせん私はどこまでいってもセルヴィの嗜好生物という名のペットでしかない。
そんな関係にしょんぼりしていると、セルヴィがおもむろに私が選んだマグカップと色違いのマグカップをカゴに入れた。
「セルヴィも買うの?」
「うん。お揃いとかしてみたかったんだ」
「セルヴィはそういう恋人同士みたいな事は全て網羅していると思ってた」
これだけの容姿があって何でも出来たら、それこそ恋人の一人や二人、十人ぐらい居そうだが。
ふと疑問に思ってセルヴィを見上げると、セルヴィは何故かお箸とお茶碗までペアでカゴに入れている。
「えー、好きでも無い子とそんな事しないでしょ?」
「す、好きな子……?」
その言葉に思わず頬が染まるが、その次の言葉を聞いてすぐにその熱は引いていく。
「そうだよ。絃ちゃんはそりゃ僕の大事な大事な嗜好生物だからね。大好きだよ。でも同種族はなー……」
「……結婚したいんだよね?」
「したいけど、気が合わないのは仕方ないよね?」
「まぁ、それはそっか」
セルヴィの好みというのがどんな人なのかは分からないけれど、好みでないのなら仕方ない。
「これで毎日一緒にご飯食べようね、絃ちゃん」
「う、うん」
そう言って嬉しそうに微笑んだセルヴィを見てふと視線を落とすと、カゴの中にはいつの間にかお揃いの食器でいっぱいになっていた。
そんなにもお揃いに飢えていたのだろうか? 謎だ。
それから私達は店内をゆっくり見て回った。
くうぅぅぅ。
その時、お嬢様にあるまじきお腹の音が静かに鳴った。
どうにか誤魔化せないかとは思ったものの、どうやらセルヴィにはしっかりと聞こえていたらしい。
それまでウキウキで買い物していたセルヴィが、その音を聞いてピタリと足を止めて恥ずかしさのあまり俯いた私の顔を覗き込んできた。
「お腹減ったの?」
「……」
コクリ。いつものお嬢様さえ装えないほどの恥ずかしさに無言で頷くと、そんな私の頭をセルヴィが撫でる。
「ご飯にしようか。これだけ買ってくるからここで待っていてくれる?」
それだけ言ってセルヴィは私の返事も待たずにさっさと会計に向かってしっまった。
しばらくしてセルヴィが戻ってくると、おかしそうに笑いながら問いかけてくる。
「何食べる?」
「あ、あれとか」
ドキドキしながら私が指さした先にはホットドッグの看板が立てられている。それを見てセルヴィは頷いて私の手を取り、ホットドッグのセットを注文した。
何だか今日はやけに優しいな……そう思いつつ、セルヴィに勧められるがままホットドッグに手を伸ばす。
「いいの?」
「今日は特別。お揃いもいっぱい出来たしね」
それはもう嬉しそうな顔をするセルヴィを見て私は生まれて初めて食べるホットドッグに遠慮なく齧り付いた。
食べた事は無いが、ホットドッグを食べる時の作法だけは今までに散々シュミレーションをしてきた私だ。
一口目。二口目。三口目まで食べた時、とうとう両目から熱い涙がこぼれ落ちる。そんな私を見てギョッとしたのはセルヴィだ。
「ど、どうしたの? 何で泣いてるの?」
「……う、嬉しくて……」
けれど感動しているのは私だけで、セルヴィは困惑したような呆れ果てたような複雑な顔をしている。
「う~ん……何かごめんね、絃ちゃん。あの時に食べさせたのがファストフードなんかじゃなかったら、こんなホットドッグ食べただけで泣き出すお嬢様にはならなかったかも。ま、いいや。これで昨夜の分の吸血の対価はお支払いしましたよ」
「うん!」
満足だ。今日はあの期間限定メニューを飲むことも出来たし、ホットドッグとコーラまで食す事が出来た。最高の1日だった。
そして夜。
「……お腹痛い」
「ほら言わんこっちゃない。はい、整腸剤」
「ありがとう……うぅ……」
たとえゾンビでも冷えた物を一気に飲んだり、食べ慣れない物をガツガツ食べるとお腹を壊す。これは後世の人たちの為に文献か何かにしておいた方が良いかもしれない。
もしかしたらいつか私のように吸血鬼の罠にかかって綺麗なゾンビになってしまう人が居るかもしれないから。
ベッドに突っ伏してそんな事を考えながら、私はセルヴィから整腸剤を受け取って白湯で流し込んだ。
「暖かくしてたらすぐに治るよ。全く、本当に世話が焼けるんだから」
そんな事を言いながらも肩を震わせるセルヴィを睨みつけて頭から毛布をかぶり目を閉じる。