すると脳裏にあのホットドッグやコーラ、期間限定ジュースの映像が蘇った。
私は布団をめくってちらりとセルヴィを見上げると、セルヴィはそんな私を見て小首を傾げる。
「なに?」
「ヴィー、あのね……今日はありがと」
それだけ言ってすぐさま毛布を被った私は、だからセルヴィが今どんな顔をしているのか確認する事は出来なかった。
お揃いにすると喜んだり、何も出来ない私を許してくれるセルヴィに私は本当にいつも感謝している。
だからだろうか。最近は少しずつセルヴィの前でだけお嬢様の仮面を脱ぎ捨てて本来の私で居られる。
これが依存なのか恋愛感情なのかは分からないけれど、少なくとも私はもっとセルヴィに近づきたいと思うようになっていた。
翌日、目を覚ますと薬が効いたのかすっかり腹痛は治まっていて、私はサイドテーブルに畳まれている服(あのスウエット事件から毎晩セルヴィが選んでここへ置いて行くのだ!)に着替えると、ダイニングに向かった。
「おはよう、セルヴィ」
ドアを開けて機嫌良く挨拶をすると、今日もエプロンをつけたセルヴィがくるりと振り返る。
「おはようございます、お嬢様。お腹はもう大丈夫ですか?」
「ええ、すっかり。あの薬、凄いのね。すぐに眠くなったと思ったら一晩ですっかり元通り!」
「そうでしょう? あれはゾンビ専用の薬で、トリカブトの根っことフグの肝臓を48時間煮詰めて仕上げに漆と水銀でコーティング——」
「ま、待って! もういい! もう聞きたくない!」
そこまで聞いて私は青ざめて耳を押さえた。聞くだけで色々と体調が悪くなりそうな原材料だ。
そんな私を見てセルヴィがおかしそうに笑う。
「冗談だよ。どこにでも売ってる有名な整腸剤だってば」
それを聞いて私はホッと胸を撫で下ろした。とてもではないが人間が食べてはいけない物ばかりの原材料に私は本気で自分はゾンビになってしまったんだと嘆く所だったではないか。
私はスカートのプリーツを整えて椅子に座るとホッと息をついた。
「朝から心臓に悪い冗談は止めてよ。ところで今朝の食事は豪華だね」
「まぁね。絃ちゃんが可愛かったから頑張ったんだよ。そう言えば絃ちゃん」
「なぁに?」
朝から豪華な食卓を前に私は目を輝かせていると、セルヴィが私の前にお味噌汁を置きながら尋ねてきた。
「絃ちゃん、もうちょっとで大学祭だよね?」
「うん。セルヴィも来る?」
何気なく誘うとセルヴィはにこやかに首を振る。どうやら吸血鬼は人間のお祭りにほんの少しも興味が無いらしい。
「行かないけど、絃ちゃんは何かするの?」
「私はチュロス屋っていうのをやるんだ。コンセプトはメイドカフェなんだって」
それを聞いてセルヴィの顔色が変わった。
「メイドカフェ? 冗談でしょ? ていうか絃ちゃんはどこのサークルにも入ってないのにお店をするの?」
「冗談じゃないよ。そういう人たちも大学祭に参加出来るように、先生方が主催するお店に参加する事になったの。制服がちょっと責めすぎている気がしたけど、これも社会勉強だと思って頑張るつもり」
けれどその話をした途端、セルヴィの目がスッと冷えてお世話係仕様になった。
「お嬢様、そのお話はお断りしておいてくださいね」
「どうして?」
「この間私が言った事をもう忘れましたか? あなたは今、他の吸血鬼に狙われているのですよ?」
「それはそうかもしれないけれど、仕事に穴を開けるのは良くない事でしょう? 既に先生からも直々に頼まれてしまったし、今更断る事なんて——」
「ねぇ絃ちゃん、お願いだから言う事聞いて」
困ったような顔をして私のセリフを遮ってまでそんな事を言うセルヴィに少し戸惑ってしまう。
「何がそんなに嫌なの? 私が狙われているから?」
「それもあるけど、だって他の男も見るでしょ? 絃ちゃんのその格好」
「そりゃお祭りだもの。男の人も来るよ」
「それが嫌。僕だけがその格好見られないなんて絶対に嫌」
何を言い出すのかと思ったら、結局私の心配をしていた訳ではないのか。
「セルヴィがいっつも私に買ってくる服と同じような服だよ?」
それだけ言うと、私はいそいそと目の前の食事を食べだした。そんな私を横目にセルヴィが言う。
「もー! 絃ちゃんは我が強すぎるよ! 誰だよ、嗜好生物はいずれあなただけに懐きいつしか従順になりますとか言ったの! 全然懐かないんだけど!?」
その言葉に私は思わず首を傾げてしまった。
「他の嗜好生物ってそんなにも従順なの?」
そう言えば私は今まで他の嗜好生物の話を聞いた事など無かったが、嗜好生物から脱出する為には絶対に聞いておいた方が良いはずだ。