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第29話『お世話係は困惑する』

 私の質問にセルヴィが自分も席について食事をし始めた。


「どうかな。嗜好生物自体を飼ってる奴らは結構居るけど、野放しにしてる奴はあんまり居ないね。大抵首輪とか鎖が付けられてるよ」

「……そ、それは完全にペット……」


 思っていたよりもがっつりペット扱いな嗜好生物に私は思わず箸を落としてしまった。それを聞くとセルヴィは確かにかなり自由にさせてくれている。


「そうなんだよね。流石にあれは僕も嫌でさ。いつか僕が嗜好生物を作った時には絶対に自由にさせようって思ってたんだけど……やっぱりハンバーガー食べただけで狂喜乱舞して目の前で池ポチャしたような変わった子だと扱いづらいのかもしれない……」


 さりげなく失礼なセルヴィにムカッとしつつも私は耐えた。もしかしたら人間に戻る方法をセルヴィがポロリと言うかもしれない。そう思ったのだが。


「まぁでもこういう子の方が僕は好きなんだ。馬鹿みたいに従順な子って面白くないだろうし。その点絃ちゃんは面白いことだらけだからね」

「そ、そう。でもどうして皆、話し合わないの? こうやって口利けるのに」

「そりゃ人それぞれだろうけど、大抵の奴らは別に餌に懐かれたいとか思わないんじゃない? 僕は嗜好生物を愛でたくて絃ちゃんを嗜好生物にしたけど、大抵の奴らの嗜好生物を作る理由は吸血に困らないからだろうからね」

「そ、そうなんだ……私、もしかして超運が良かったんじゃ……?」


 最後の台詞はセルヴィに聞こえないように小さな声で呟いたが、とにかくセルヴィが今の私を気に入っているようで良かった。


 しかし吸血鬼にとっての嗜好生物というものが本当にペットに限りなく近い存在だと言う事が分かった私は、より一層ゾンビを早く卒業しなければならないと強く思った。


「ところで話は戻しますが、お嬢様。そんな訳なのでそのお話はお断りしておいてくださいね」

「……分かった。今日、先生に相談してくる」


 私の言葉を聞いてセルヴィは分かりやすく目を輝かせるが、大学祭には出てみたかった……。


 そんな言葉を飲み込んで、今日も美味しい朝食を有り難くいただくと、その後はセルヴィのセルヴィによるセルヴィの為の着せ替えが始まり、私は毎朝可愛くされて大学まで送り届けられるのだ。



 午前の講義を終えていつものように昼食を食べに移動しようと廊下を歩いていると、前から大荷物を持ったセシルに呼び止められた。


「ああ、ちょうど良い所に! 香澄さん、少し手伝ってはいただけませんか?」

「ええ、もちろんです」


 その言葉に私は足を止めセシルの手から少しだけ荷物を取ると、二人で歩き出すと、セシルは申し訳無さそうな顔をして眉尻を下げる。


「すみません。今からお昼でしたか?」

「はい。でも次は講義が無いので大丈夫ですよ」


 そこまで話してふと思い出した。チュロス屋をやるのは何を隠そうこのセシルだ。ついでだから今のうちに参加辞退を申し出ておこう、と。


「そう言えば先生、大学祭なのですが、やはり参加を取りやめても構わないでしょうか?」


 私の言葉にセシルはぴたりとその場で足を止めてこちらを見下ろしてきた。その目には困惑の色が浮かんでいる。


 やはり難しいか? もう制服も頼んじゃった?


「理由をお聞きしても?」

「家人に止められてしまったのです。どうやらメイドというコンセプトがいけなかったようで……申し訳ありません」


 そう言って視線を伏せた私にセシルの優しい声が聞こえてきた。


「そうでしたか。それは仕方ありませんね。ここだけの話ですが、実を言うとこの企画を練っていたのは長谷川先生なのですよ。それを私はそのまま受け継いだのですが、ここは裕福な家の子たちが通う場所です。だからそういうのを良しとしない家もあるのではと思ってはいたのです」


 それを聞いて私は目を丸くした。犯人は長谷川だったのか! 


 もしかしたらメイド服でなければセルヴィも大学祭に出る事を快く許してくれたかもしれないのに、私の夢は儚くメイド服の前に砕け散ってしまった。


 そしてそれをそのまま引き継いだセシルも心の中では「無理では」と思っていたようだ。


 それを聞いて思わず私は笑ってしまった。そんな私の隣で何故かセシルがゴクリと喉を鳴らす。


「?」

「ああ、いえ、すみません。ここの学生さん達は皆さん本当に優しいなと感動していたのですよ。荷物、重いでしょう? ああ、この部屋に運んでもらえますか? お礼もしたいので」


 そう言ってセシルは美しい笑顔を浮かべて長谷川先生の研究室の前で立ち止まったのだが、ふとここでセルヴィからの忠告を思い出した私は、セシルに丁寧に頭を下げる。


「先生、申し訳ありません。私、少し用事を思い出してしまいました。ここで失礼します」

「え? あ! 香澄さん!」


 それだけ言って私は素早くその場を離れた。そんな私を見てセシルが小さな舌打ちをしていた事など全く知らずに。


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