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第30話『お嬢様の秘密の友達』

 セシルと別れ、私はいつも昼食を食べるお気に入りの場所へと向かった。


 そこは周りに低木が立ち並んでいて鬱蒼としており、外から見つける事がなかなか出来ない私の秘密の場所だ。ぼっちの私にはピッタリである。


 木をガサガサとかき分けてそこへ入ると、お気に入りの平たくて大きな石の上に今日もたっぷり太ったブチ猫が我が物顔で眠っていた。


「ト~ンスケ! 隣座ってもいい?」

「びゃぁ~」


 トンスケはこの大学で私の唯一の友人だ。


 鼻が詰まったようなブサイク可愛い鳴き声と、その鳴き声にぴったりのふてぶてしい顔、左右対称に並んだ斑模様、そして縮れたヒゲにお肉がたっぷりついた大きな身体に私は愛を込めてこの猫の事を『トンスケ』と呼んでいる。ちなみに性別は分からない。女の子だったらごめん。


 私はトンスケの了解を得て隣に腰掛けると、セルヴィからの愛ペット弁当を広げる。


「ふぅ……危ない危ない。先生とは言え誰かと二人きりになったってセルヴィが知ったら絶対に怒るもんね……あ! トンスケ、今日カツオのおにぎりが入ってるよ。今日はこれ半分こしよう!」

「びぁ~」


 カツオと聞いてトンスケは重そうな体を起こして私のお弁当箱を覗き込んでくる。こうやってトンスケとおかずやおにぎりを分け合うのが日課になっている私だ。何と言うかセルヴィ専用のゾンビとなってしまった今、やけに犬や猫などに勝手に親近感を覚えている。


 私はおにぎりを半分に割って半分をトンスケの前に置くと、もう半分をはむはむと齧り始めた。


「ヴィーのおにぎり美味しいなぁ……ところでトンスケは大学祭に出た事ある?」

「びゃー」

「あるの!? いいな。私はもしかしたら参加すらさせてもらえないかもなんだ。飼い主がいるって辛いよね……トンスケは私よりも自由だよ」


 はぁ、と一際大きなため息を落としたその時だ。後ろにあった木が突如として不自然にガサガサと揺れた。


「ひっ!?」


 ここは誰も来ない穴場だと思っていたのに、まさか誰か居たのかと思って振り返ると、そこから何故か葉っぱを沢山つけたセルヴィが這い出してくる。


「セルヴィ!?」

「いや~ごめんごめん。絃ちゃん迎えに来たついでにこの裏で昼寝してたらさ、突然絃ちゃんの声が聞こえてきたから思わず出て来ちゃった」

「……き、聞いていたの?」


 慌ててお嬢様仕様に戻した私を見てセルヴィはあちこちについた葉っぱを落としながら頷く。


「お嬢様がこの猫に一方的に話しをしている所は聞いていましたよ。ついでにお嬢様はどうやらネーミングセンスもからっきしのようですね」

「……悪趣味」


 気がついたのならすぐに声をかけてくれれば良いではないか! 


 思わず半眼になってしまった私を見てセルヴィは薄い笑顔を浮かべて言う。


「それよりも、そんなに大学祭に出たいの?」


 セルヴィはトンスケを端っこに押しやって隣に座ると、長い脚を組んで私の顔を覗き込んできた。そんなセルヴィをちらりと見て私は頷く。


「……だって初めてだもん。うちは昔からお祭りとかにも連れて行ってくれなかったし……」


 思わずお嬢様も忘れて素直に呟くと、それを聞いてセルヴィが微笑んで私の頭を撫でてくる。


「まぁ香澄家ってあれから異様に厳しかったもんね」

「うん……ん?」


 今なんて言った? 思わず私は顔を上げてセルヴィを見上げたが、セルヴィはそんな私に気づきもせずに考え込んでいる。


「これも可愛い絃ちゃんの為か。それじゃあ大学祭は僕と周ろう。それで良い?」

「えっ!? ほ、本当に!? いや違う! ねぇ、今のどういう事? セルヴィ、もしかしてうちの事まで詳しいの?」


 セルヴィは私の事に関してめちゃくちゃ詳しい。それは勝手に私の鞄を漁ったり私物を管理されているからなのだが、今のセリフは完全に香澄家についても色々と知っていそうな雰囲気だった。


 私の質問にセルヴィは悪びれる事もなく頷く。


「もちろん。だって僕は絃ちゃんちの近所のコンビニでずっとバイトしてたからね」

「はあ!?」


 一体どういう事!? コンビニでバイト!? セルヴィが!?


 私は驚きすぎて食べかけのおにぎりを落としてしまった。それを待っていましたとばかりにトンスケが追いかけていく。


「そりゃそうだよ。絃ちゃんはあの日から僕のだもん。他の誰にも手を付けられないように側でずっと見守ってたよ。でも僕がそんな事をするまでもなく、香澄家は君を学校と家以外には本当にどこにも連れて行かなかったよね」


 そう、あの事故から香澄家はちょっと異常なほど厳しくなったのだ。どこへ行くにも必ず誰かがついてきていたし、最低限の外出しか許されなくなってしまった。その事を両親は悪い虫がつかないように、だとか心配だからとか何とか言っていたが、もしかしたら他にも理由があったのだろうか?

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