「ねぇ、もしかしてセルヴィってさ、うちの親と面識あったりする?」
それはあの最初の日に見せてくれた契約書のような物を見ても思ったのだが、私の知らない所でいつの間にか何かの協定でも結んでいたのか? そう勘ぐりたくなるほど、一人暮らしを始めてから両親からほとんど連絡がない。
「あるよ。あの契約書にサインしてあったでしょ?」
「あれ、何の契約書だったの?」
てっきり私はセルヴィが私のお世話係になるという契約書だとばかり思っていたが、もしかして違うのか?
「え、見せたでしょ?」
「み、見たけど一瞬であんな長ったらしい英文読めないよ!」
私が英語に明るければ分かったのかもしれないが、決してそんな事はない。人並み程度である。
私の言葉にセルヴィが驚いたように目を丸くした。
「分からずに納得したの!? もー! どこまで馬鹿素直なの! あれはね、18歳になったら絃ちゃんの所有権が僕に移りますよって書いてあったの。だから君の両親は僕が吸血鬼だって事も知ってるし、君が僕と暮らしてる事も知ってるよ。その証拠に僕のスマホは君の両親からの連絡で埋まってる」
そう言ってセルヴィは私にスマホを見せてくれたのだが、メッセージ欄には毎日のように私の写真をねだる両親からのメッセージで埋め尽くされていた。私にはほとんど連絡を寄越しては来ないくせに。
けれど問題はそこではない。
「そ、そんな契約書にパパとママってばサインしちゃったの!?」
「うん。だって、そうしないと君死んじゃうから」
それを聞いてガツンと頭を殴られた気がした。
そうか。パパとママは私を生かす為に了承したのか。だからママは私の一人暮らしに入院するほど体調を崩したのか。
私はお嬢様の仮面を脱ぎ捨ててセルヴィに掴みかかった。
「まさかそうやってパパとママを脅迫したの!?」
「脅迫なんてしてないよ。僕はちゃんと説明をしたし、選んだのは彼らだ。最初は渋ってたけど、結局君が吸血鬼のペットになる事を了承した。一人娘が死んでしまうより、人とは違っていても生きていて欲しいと思うのはそんなに怒る事なの?」
「それは……そうだよね……」
元はと言えば全ての原因は私にあるのだ。それはどうやっても変わらない。
きっと両親はたった五年という歳月で人生の幕を閉じようとした娘の事を嘆いたのだろう。そこにあるのは間違いなく愛情だ。私はあの事件の前も後も香澄家で蝶よ華よと変わらず愛されてきたのだから。
私はセルヴィから手を放すと、いつの間にか流れていた涙を乱暴に拭った。
「パパとママに会いたい……」
「なに? 里心がついちゃった?」
「だって……私のせいだもん。こんな事になったの全部、私のせいだもん!」
ハンバーガーのセットと引き換えに命を投げ捨て、吸血鬼に助けられてしまった私のせいだ。両親にとってはきっと、苦渋の選択だったに違いない。
突然泣き出した私を見てセルヴィは戸惑うような顔をする。
「そう言えば人間って血の繋がりを凄く大事にするんだっけ」
ポツリとそんな事を言うセルヴィに私は泣きながら首を傾げた。
「どういう事? 吸血鬼は違うの?」
「違うね。身内なんて何なら一番信用出来ないよ。そっか、それじゃあ次の長期休みは少し香澄家に顔を出しに行く?」
「い、いいの?」
案外あっさりと私の提案に乗ってくるセルヴィに驚いたが、そんな私を見てセルヴィはニコリと微笑んで頷く。
「構わないよ。別に君と両親が会う事を僕は禁止したりしてないし。今まで理由つけて連絡を取らせなかったり会わせなかったのは、里心がつくと困るなと思っただけだから。でも絃ちゃんはもう僕無しじゃ生きられないもんね?」
そう言ってセルヴィは喜ぶ私の顔を覗き込んできて不敵に笑った。それはその通りである。
思わずその言葉にグッと言葉を詰まらせると、セルヴィがおかしそうに肩を揺らした。
「だって本当の絃ちゃんは怠惰が服着て歩いてるような子だもんね。そんな事が皆にバレたら大変だ」
「そ、その通りなんだけど……黙っておいてね!? 絶対の絶対にパパとママには黙っておいてね!?」
どうやらセルヴィはその事は律儀に両親に報告しなかったようだ。
必死になる私を見てセルヴィがとうとう声を上げて笑い出す。
「分かってるよ。本当の絃ちゃんの姿は僕と君の秘密だ。それにそういう二人だけの秘密って何か良いよね」
「……そうかな?」
秘密ごとを共有する事をそう言うのならそうかもしれないが、内容はあくまでも私の本性を隠しておいてくれという物だ。その時点でそんな喜ぶような内容でも無い気がする。
それでもセルヴィは二人だけの秘密に喜んでいるので、もうそれ以上水を差すのは止めておいた。だって次の長期休みには実家に戻ることが出来るのだから。
そんな些細な事が私は嬉しかった。パパとママに早く会いたい。そして少しだけ昔のように甘えてみよう。