私は私で一生懸命なにか適切な言葉が無いか探していたのだが、ふと頭の中にパッとまるで電気が灯るかのようにひらめく。
「私以外の人の血を飲むなんて信じられない! これだ!」
「……え?」
「だってセルヴィは私の吸血鬼なのに」
唇を尖らせて拗ねるように言うと、セルヴィが息を呑み、両手で顔を覆って悶えている。
「っっっ!」
そんなに良い発言だったのだろうか? そう思った次の瞬間、セルヴィがパッと顔を上げてにっこり微笑む。
「そうだよね。僕は絃ちゃんの吸血鬼だもんね。そりゃ怒るよね」
「うん?」
「ごめんね、絃ちゃん。今までどこか遠慮してたけど、今度からはもう他の人の血を吸い溜めしたりしないで、ちゃんと毎日絃ちゃんから吸血するね!」
「え? いや、う、うん?」
あれ? いや、違う。何かちょっと違う気がする。
今までセルヴィの献血は3日に一回程度だったけれど、今の発言を聞く限り私から毎日吸血するぞという風に聞こえる。
いや、むしろそう言ってた。
「ちょっともう感動しちゃった。まさか絃ちゃんがそんな風に思ってたなんて」
セルヴィはそう言ってソファで転がる私の上に跨って、目を紅く光らせ顔を近づけてきた。そして慣れた手つきで私の髪をかきあげて露わになった首にカプっと噛みついてくる。
「ひぃ!」
久しぶりの感覚に背筋がゾクゾクするけれど、あの見知らぬ吸血鬼にされた吸血とは全然違う甘い痺れに、私はぎゅっと目を閉じた。
しばらくしてようやく私の首から唇を離したセルヴィは、満足げに目を細める。
「はぁ、やっぱり絃ちゃんのが一番美味しい。僕の血が大量に入っちゃったからどうかと思ってたけど、君は味が全然変わらないんだね。不思議」
セルヴィはこちらを見下ろしたままうっとりと目を細めるが、私は今ひどく後悔していた。完全にやぶ蛇だった。
セルヴィは体を起こしてリビングから出ていくと、少しして手にメイク雑貨を色々と持って戻って来る。そしてまだ呆然としている私を無視していそいとメイクを落とし始めた。
「寝てていいよ」
「う、うん……ありがと」
ここまで甲斐甲斐しくされると流石の怠惰系お嬢様の私でもちょっと気が引ける。これではお嬢様を通り越してお姫さまである。
以前はこんな事をされても喜ぶだけだったが、最近は世話をされ続ける事に躊躇いが生まれてきた。
「なに変な顔してるの?」
「え、いや何かその、申し訳ないなって思って」
「えー! いいよ別に。好きでやってるんだから。本当ならお風呂だって入れたいんだよ」
「それは嫌! 絶対に無理だから!」
「そう言うと思った。でもいつかは絶対に入れるから。で、隅々まで洗ってあげるんだー」
ニコニコしながらそんな事を言うセルヴィに思わず私は引きつった。
「こ、恋人でもないのにお風呂なんて一緒に入らないよ!」
「どうして? ペットをお風呂に入れるのはそんなに変な事?」
ペットと言い切られると何も反論出来ないではないが、嫌なものは嫌だ。だから私は苦し紛れに言った。
「ペ、ペットだって大抵の子はお風呂苦手だって言うじゃない」
「そうなの? もしかして絃ちゃんもお風呂嫌いなの? 気持ち良いのに」
「……いや、私は好きだけど」
これは駄目だ。この問題に関しては完全に倫理観の違いだ。姿形がどれだけ似ていようともペット扱いが出来る種族とそうでない種族の差というやつなのだろう。
私は小さなため息を落として目を閉じた。肌の上を化粧水をたっぷり含ませたコットンが滑る。なんて心地よいのだろうか。髪を乾かしてもらう時の比ではない。眠い。
気がつけば私は結局いつもの如くそのまま眠っていたようだった。
翌朝。
「ふぁぁ……もうあ……ひいぃぃぃ!」
目を覚ますと何故か私のすぐ隣で半裸のセルヴィが転がっていた。一体何が起こったのかと思って部屋を見渡すと、どう見てもここは私の部屋ではない。
「な、な、なんで!? 寝ぼけた!? 私、寝ぼけたの!?」
まさかこんな派手に? そう思いながらベッドの上で一人オロオロしていると、腰に腕が回される。
驚いて振り返るとセルヴィが眠そうな目でこちらを見ていた。
「絃、まだ早いよ。もうちょっと寝てな」
「は、はい」
寝起き特有の掠れた低い声に私は思わず従うと、まるで棺の中にでも入るかのように手を組んで仰向けに転がり目を閉じた。頭の中は疑問符で埋め尽くされている。
気のせいだろうか。やはりどう考えてもあの事件の後からセルヴィの私を構いたい欲が爆発している気がするのだが。
そんな事を考えていると、隣からまたセルヴィの声がする。
「何でそんな行儀よく寝てるの?」
「も、元々だよ」
「嘘ばっか。大の字で寝てるでしょ、いっつも」
眠そうにブツブツ言うセルヴィを横目で見ると、ばっちり目が合ってしまって私は慌ててまた天井を見上げた。
「そ、それよりも何で私ここで寝て——」
「もう眠り姫にキスしなくて良いのかと思ったら寂しくなったんだよ。いいから寝て」
私の言葉を遮ってセルヴィは欠伸を噛み殺しながらそんな事を言う。
それを聞いて私は顔に熱が集中するのを感じながら、必死になって頭の中で羊を数えていた。