何が起こったのか分からなくてテーブルの上を見ると、まだ手つかずのピザがそのまま残っているではないか!
「あ、あれ? 私、一瞬記憶が——」
もしや今になってゾンビの体に不具合が? そう思ったのもつかの間、私を抱くセルヴィの手が微かに震えている事に気付く。
「セルヴィ?」
「っくく……あ、おはよう。僕ね、随分長い事生きてきたんだけどさ」
そこまで言ってセルヴィは何故か深呼吸をしてまた話し出す。
「流石にピザ見て感動して意識を失った人って初めて見たんだよね」
「い、意識を……失った?」
「うん。箱開けた瞬間にさ、意識、失って、も、無理だ!」
セルヴィはそう言って私を強く抱きしめて頬ずりしてくる。ああ、また私は意味も分からずにセルヴィに笑われているようだ。
「はぁ、面白い。やっぱり絃ちゃんを選んで良かった。妥協しないで良かった」
唐突にそんな事を言うセルヴィに私は首を傾げた。
「嗜好生物って一人につき一人しか駄目なの?」
「駄目じゃないけど僕はそんなに器用じゃないから。昔の文献には沢山嗜好生物を飼ってその日の気分で相手を変えたりとかしてる奴もいるみたいだけど、僕には無理だね」
「そっか。セルヴィは大事にしてくれるもんね」
何せこんなにも怠惰な私の面倒を嫌がる事もなく見てくれるような人なのだ。そりゃ何人もは無理なのかもしれない。
「それにさ、僕は一人だけを溺愛したいんだよ。だから後悔しないようにって妥協しなかったの。でも完全に理想の子って全然見つからなくてさ」
「理想の子?」
「そうだよ。だって一生一緒に居るんだよ。一生可愛がれるような子でないとお互いに不幸でしょ?」
セルヴィの言葉に私は妙に納得してしまった。吸血鬼達はセルヴィの事を恐れているようだが、嗜好生物にとってのセルヴィはとんでもなく良い扱いをしてくれる。
やはりセルヴィにとっての嗜好生物というのは、惜しみなく愛情をかける事の出来る唯一の相手なのだろう。
それから念願のピザを温め直して食べ始めた私達だったが、一口食べるごとにクッションに顔を押し付けて叫ぶ私を見てセルヴィは楽しそうにしていた。
その後、残して明日にでもまた食べれば良いものを、調子に乗って全部食べきった私は——。
「うぅ……お腹破裂しそう……どっかから漏れてない? お腹のお肉とかはみ出てない? ……私、桃なのに」
「ふはっ! 大丈夫。何も漏れてないよ。はい、今日は胃腸薬ね」
ソファに転がってセルヴィから胃腸薬を受け取ると、それを一緒に持ってきてくれた白湯で流し込む。
そんな私の髪をセルヴィが優しい手つきで撫でてくれるが、それをされると眠くなる。
「お風呂入らないと……腐る……」
思わずぽつりと呟くと、セルヴィがおかしそうに言う。
「本気にしてたの? 一日ぐらい大丈夫だってば。今日はもう着替えて寝なよ」
「でもお化粧……」
「それも落としてあげるから」
……そんな事までしてくれるのか。そんな事を考えながらちらりとセルヴィを見ると、その目は前よりもずっと優しい。そんなセルヴィを見ていると、ふと私もセルヴィの為に何かしたいという気持ちが湧いてくる。
「血、飲む?」
突然の私の言葉にセルヴィが驚いたような顔をして私の顔を覗き込んだ。
「どうしたの、突然。そんな事言うの初めてじゃない?」
「なんか、そう言えばずっと献血してなかったなって思って」
「ありがとう。でも大丈夫。外で済ませてたから」
それを聞いて少なからず私はショックを受けてしまった。
セルヴィは私の血を吸いたいから嗜好生物にしたのではないのか? ただ可愛がりたいからというだけの理由だったのか?
私の血が堪らなく美味しそうで仕方なくて嗜好生物にされたというのならまだ納得出来るけれど、それこそ他の人の血でも賄える程度だったのであれば、何だか釈然としない。
献血に未だに慣れないし、飲んで欲しいという訳ではないけれど、吸血すらされずにただ面倒を見られるだけだなんて、そんな私に一体何の価値があるというのだ。
私は頬を膨らませてセルヴィを見つめた。言い返したいのに私の語彙力では何て言えばいいのか分からなくて結果、睨むだけになってしまう。
そんな私の顔を見てセルヴィが困惑している。
「え、どうして怒るの?」
「別に」
不機嫌になりたい訳じゃないし理不尽に怒っている事も分かっているけれど、何かが嫌だったのだ。それを上手く説明出来ない自分がもどかしい。
「えっと、僕が絃ちゃんから吸血しなかったのは、怖がらせたくなかったからだよ?」
「ふーん」
「それに絃ちゃん、吸血されるの好きじゃないでしょ?」
「そーだね!」
「えーもう何なの、突然。時として嗜好生物はすごく難解なんだけど!」
流石のセルヴィにも私の怒りの根源が分からないのだろう。珍しく少しだけイライラした様子でさらに私を覗き込んできた。