実家に住んでいた方が年月は長いはずなのに、居心地の良い場所が見つかるとこんなにもホッとするのかと噛み締めていると、荷物を片付け終えたセルヴィがいそいそとエプロンを付け始める。
「今からお料理するの?」
「うん。だって絃ちゃん、僕のご飯食べたいんでしょ?」
「そ、そりゃそうだけど今日はいいよ! セルヴィも疲れてるのに!」
流石にそんな事はさせられない! そう思って言ったのだが、何故かセルヴィは半眼になって私を見つめてくる。
「……そんな事言って、本当はピザ頼んだり店屋物頼んだりしたいだけとかじゃないよね?」
「え……?」
思っても居なかった事を言われて思わず私がキョトンとしていると、そんな私を見てセルヴィが何故か感動したようにエプロンを外して私を抱きかかえる。
「違うのか! 僕の事を気遣ってくれるなんて! いいよ、何食べたい? それともファミレスに行ってみる!?」
「え? え?」
突然のセルヴィの掌返しにいつまでも意味が分からない私を見て、セルヴィはさらに嬉しそうに笑う。
「ねぇ、供給はもう出来ないけどキスしても良い?」
「はっ!? な、なんで、んんっ!?」
返事をする前に私は何故かセルヴィに抱きかかえられたまま、後ろ頭を押さえられて強引にキスされる。
一体何が起こったのかよく分からないうちに大人のキスをされてぐったりとセルヴィに体を預けていると、そんな私を片腕で抱きかかえたままセルヴィはスマホでピザのメニューを見せてきた。
「で、どれが良い?」
「ちょ、ちょっと待って! な、なんでキ、キ、んん! なんてしたの!?」
「待って、とうとうキスって単語すら言えなくなったの? それ以上可愛くなってどうするの?」
「だ、だ、だって! 供給でもないのに! は、はしたないでしょ!?」
「はしたないっ! ふはっ! もう本当に……どこまで初なんだ! もう絃ちゃんはどうか一生そのままで居てね」
いや、それはどうだろうか。ずっとこんな風に笑われるのは流石に嫌なのだが。
そうは思うけれど、何だか楽しそうなセルヴィを見ているうちにそんな事もどうでも良くなってくる。
「で、ピザ選ぼうよ。可愛かったからジュースも頼んで良いよ」
「本当!? それじゃあね、これとこれのハーフ! 耳の所にチーズが入ってるやつね! それからえっとー、このコロコロ唐揚げとジュースはコーラにする!」
すっかり機嫌を直して意気揚々とピザを選ぶ私を見てセルヴィが笑み崩れた。
「っっっ……ああ、もう、くっそ可愛いな。分かった。あとやけに注文の仕方慣れてるね」
「うん! いつかの為に何回もイメトレしてたから!」
自信満々に答えた私にとうとうセルヴィが私を下ろして腰を曲げて笑いだしてしまった。一体何がそんなにおかしいのか。
ようやく起き上がったセルヴィは慣れた様子でスマホを操作してピザを注文すると、二人でピザを食べながら見る映画を選ぶ。
何だかこんな空気が久しぶりで無性にウズウズした私は、ソファにあったクッションを顔に押し付けて叫んだ。そんな私を見てセルヴィがギョッとしたような顔をしている。
「ど、どうしたの、突然」
「え? 何か嬉しくて。駄目だった?」
「……いや、駄目じゃないけど……大人になった絃ちゃんは興奮すると叫ぶんだね」
「は、走り回って池ポチャするよりも良いでしょ!」
「そりゃそうだ」
笑い終えたと思ったらまた笑い出したセルヴィだったが、思い出したかのようにいそいそと食事の準備を始める。
ちなみに私はピザを食べるのはこれが初めてだ。
直近ではカップ麺を食べて感動してセルヴィの腕を叩きまくってスイにドン引きされた私だが、ピザはきっとその比ではないだろうと予想している。
やがて届いたピザを見て、私は微かに震えていた。早い。早すぎる。流石ピザ。
そんな私の様子を怪訝に思ったのか、セルヴィが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「一応聞くけど、大丈夫?」
「う、うん。心臓飛び出しそう」
あの吸血鬼に襲われた時だってこんなにも激しく心臓は脈打ってはいなかった。
ピザの箱を前にゴクリと息を呑んだ私とは裏腹にセルヴィは驚いて仰け反っている。
「そんなに!? ただのピザだよ!?」
「私にとっては食べてみたいものランキング一位だったの! それが! 目の前にあるのよ!?」
「お誕生日にも食べた事無かったの?」
「うん。ピザは無かった」
「そっか。一杯食べて良いからね。整腸剤は沢山買ってあるから」
「うん!」
セルヴィは私の頭を撫でながら気の毒そうに呟いた。そしていざピザを開けて私は……。
「ちょ、ちょっと絃ちゃん!?」
「——ハッ!」
気がついた時には私はセルヴィの膝の上に抱きかかえられていた。