ようやく退院した私はその後二日ほどを実家で過ごした。
セルヴィは供給が無くても毎日私の顔を見に来てくれたし、両親は元気な姿で戻ってきた私を見て泣き崩れたが、セルヴィの事を責めるような事は一切言わなくて、それどころかむしろセルヴィはとても頼りになるなどと思い込んでしまっている。
「絃ちゃん、ハミルトン様の言う事ちゃんと聞くのよ? 困らせちゃ駄目だからね?」
「うん」
「いいか、絃。今回の事で良く分かった。人間でいたってどこで事故にあったり何に巻き込まれたりするか分からない時代だ。そんな時でも彼の側なら安全に違いない。絶対に、絶対に側を離れるんじゃないぞ!」
「わ、分かった」
両親の中でセルヴィは吸血鬼である前に私を何度も命の危機から救ってくれたヒーローのようになっているようだ。今回の事に関しては完全にセルヴィのせいだと言うのに。
けれど私はその事は両親には伝えなかった。本当の事を言ってセルヴィと引き離される方が嫌だったのだ。
行きは電車とバスを乗り継いでここまでやってきた私達だったが、帰りはセルヴィたっての希望でハイヤーを使うことになった。
「はぁ~やっぱり楽だね。公共の乗物はいつまで経っても苦手だな」
セルヴィは大きく伸びをしながらそんな事を言って添えつけの小さな冷蔵庫から飲み物を取り出す。
「ね、ねぇこれってあの時の車よね? これ、セルヴィのだったの?」
「そうだよ。あれ? 言ってなかったっけ? あ、そっか。絃ちゃん死にかけてたもんね。それどころじゃなかったよね」
喉元過ぎれば何とやらと言う奴なのだろうか。あの時の事をセルヴィはこんな風に言うが、あの日、セルヴィが号泣した事を私は一生忘れない。
「意識はあったもん。ところでセルヴィ、この車にはお水しか無いの?」
小首を傾げて尋ねると、セルヴィが久しぶりにお世話係仕様で微笑んだ。
「お嬢様、入院中ぐらいはと思い私も黙っていましたが、お嬢様は私の居ない間にしょっちゅう病院の売店でお買い物をしていたそうですね?」
「ど、どうしてそれ——はっ!」
慌てて口を塞いでも、もう遅い。セルヴィは微笑んで私に無言で水を手渡してきた。
「退院したのですからそろそろ日常に戻っていただきますよ。おやつは一日一つまで。ジュースは三日に一本です」
「……はい」
しゅんと項垂れた私はセルヴィから水を受け取ってキャップを開ける。
「ところで久しぶりの実家はどうだった?」
「セルヴィのご飯が食べたかった」
大人しく言う事を聞いた私にセルヴィが尋ねてきたので、私は素直に答えた。そんな私の答えを聞いてセルヴィが嬉しそうに微笑む。
「でも毎日豪華だったでしょ?」
「豪華なのはたまにだから良いんだよ。あれがずっとってなると胃もたれ起こしちゃう」
「ゾンビなのに?」
セルヴィはそう言って意地悪に口の端を上げた。きっと以前ゾンビだから大丈夫だと言って暴飲暴食をしてお腹を壊した時の事を言っているのだろう。
「ゾンビだけど!」
私は声を荒らげて、ふぅと息をつく。窓の外に流れていく景色はいつの間にか山や川や木から高速道路の高い壁に変わっている。
「でもお寿司は美味しかったね」
「うん。お寿司は大好き。セルヴィはお寿司も握れる?」
「いや、流石に板前さんに修業には行ってないから無理だよ。ちらし寿司で我慢して」
「分かった。楽しみにしてる」
「うん、良い子」
そう言ってセルヴィはいつものように私の頭を撫でてきた。いつの間にこんなにもセルヴィとの距離が近くなったのだろう。そしてこの距離感がいつの間にこんなにも心地よいと感じるようになっていたのだろう。
「ねぇヴィー、眠い」
私は欠伸を噛み殺すとセルヴィに甘えるように言った。こんな事もいつの間に出来るようになったのか、もう思い出せない。
「寝てて良いよ。ついたら起こしてあげる」
「うん」
そう言って私は当然のようにセルヴィの膝に頭を置いた。そんな私の髪をセルヴィが笑いながら撫でてくる。
「本当に君は僕が居ないと何も出来ないんだから」
そう呟いたセルヴィの言葉に私はフンと鼻を鳴らす。だって仕方ないじゃないか。体どころか、心までもすっかりセルヴィに絡め取られてしまったのだから。
乗り心地の良いハイヤーの中で私はぐっすりと眠りこけてしまったが、気がつけば既に自宅マンションの前に到着している。
久しぶりの我が家がこんなにも落ち着くなどとは思っても居なかった。それが家に戻ってきた一番の感想だった。