目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第76話『お世話係は比べる』

「ど、どうしてですか!? 私、家事だって出来るし血だって喜んで差し出すのに! 何よりもあんなにも毎日一緒に家事をして——」


 懇願するような深雪にセルヴィは冷たい口調で深雪の言葉を遮った。


「あのさぁ、水回りは僕の聖域なんだよ。絃ちゃんにすら入る事を許してない。まぁそれは別の理由があるからだけど、サシャすらここに一度も入らなかっただろ? どうしてだと思う? それはここは僕が完璧に管理している場所だからだ。そこにお前がズカズカと勝手に入り込んできて頼んでもいないのに手伝いだしただけ。絃ちゃんがサシャに懐いているから仕方なく許してたけど、それも今日までだ。今後二度と僕達の前に姿を現すな。あと、そこら辺のただの餌が僕の可愛い嗜好生物を侮辱するのは許せない」

「そこら辺の餌? 嗜好……生物?」

「そうだ。絃ちゃんは既に僕と痣の契約をしている完璧な嗜好生物だ。けれどお前は違う。サシャが日本に居る間のただの餌だ。どんな契約をサシャとしたのかは知らないが、お前が吸血鬼になる日なんて一生来ないよ」

「ちょっと兄貴、余計な事言わないでよねー」

「最初に説明と注意をしておかないお前が悪い」

「だって流石の私だってまさかそこまで兄貴が絃の事を溺愛してるとは思ってもいなかったんだもん! スイとセシルからそれとなく聞いてはいたけど、まさかここまでだとは思って無かったんだよ。ちぇー。適当なの見繕って渡しておけば前みたいに簡単に譲ってくれるかと思ってたのになー。やっぱただの吸血鬼オタクじゃ駄目か」


 この場をさらに凍りつかせたのはサシャだ。案の定、それを聞いて深雪が固まっている。


「サシャ……さま?」

「あー、ごめんね? 兄貴の言う通り私達にとって人間って本当にただの餌なんだ。でも絃は別。吸血鬼なら誰でも欲しがる存在なんだよ。嗜好生物って言うんだけど、言わば吸血鬼が死ぬまで吸血させてくれる究極の餌なの。私は絃が欲しかったんだけど、それは無理だなーこの感じだと。ちぇー」


 究極の餌。それを聞いて私は何とも言えない気持ちになってしまうが、そんな私を無視してセルヴィとサシャはまるで私達など居ないかのように話し出す。


「当たり前だろ。そもそも簡単に貰えると思うほうがおかしいんだよ。絃ちゃんは僕のだ。でもその前に契約を僕の所に戻さないとな。お前、何か良い方法知らないか?」

「私も色々調べてみたんだけど、やっぱり失血死寸前しか無いよ。もー! どうしてちゃんと確認もせずに輸血しちゃったのよ!」

「それは本当に反省してる。絃ちゃんが僕の物じゃないなんてこれ以上絶えられない。5歳の時からずっと守ってきたのにまさかこんな事になるなんて……まぁ何でも良い。さっさと記憶を消して捨てろ。その女は絃ちゃんの毒だ」

「だねー。はぁ。今度は男にしよ。やっぱ同性は駄目だわ」


 そう言うなりサシャはまだ固まっている深雪に近寄ると、何かを唱えて深雪のおでこに人差し指を置いた。その途端、深雪は力なくその場に崩れ落ちる。


 それを見て私はゴクリと息を呑んでセルヴィの腕を掴む。


「大丈夫。眠ってるだけだよ。ここ数ヶ月の記憶は消えてるだろうけどね」

「え!? そ、そんな事も出来るの?」


 本気で吸血鬼に出来ない事など無いのでは? そう思う程度には吸血鬼の出来る事が多すぎる。


 ぐったりと動かなくなった深雪を抱えてサシャが言う。


「それじゃ元の場所に戻してくるよ。兄貴、車貸して」

「ああ。ぶつけるなよ」

「分かってるー」


 こうして部屋にセルヴィと二人きりになった。


「言い過ぎだよ、セルヴィ」

「言い足りないぐらいだよ。殺さなかっただけ良かったでしょ。それにどうせ忘れる」


 簡単にそんな事を言うセルヴィにとって、深雪は本当に厄介者だったのだろう。そう考えると何だか深雪が不憫でならない。


 それなりに苦労人だっただろうに。そんな事を考えていると、そんな私の顔を覗き込んできてセルヴィが言う。


「もしかして絃ちゃん、あの子の事を可哀想だとか思ってる?」

「え? そりゃもちろん。だってご家族がもう誰も居ないんでしょ?」


 本人もそう言っていたではないか。そう思ってセルヴィを見上げると、セルヴィは薄く笑う。


「嘘だよ。あれは全部嘘。山本深雪。短大を卒業して実家暮らしのフリーター。5人家族で両親も健在だし妹が2人居る。ゲームや漫画が好きで、自分で本を作って売ったりしてる。とりわけ好きなのが吸血鬼との恋愛もの。夢は吸血鬼のような人に出会って溺愛されたい。だ、そうだよ?」

「ええ!?」

「すっかり騙されたね?」

「え、演技上手くない!?」


 何ということだ。とんだ役者ではないか! 家族が居ないと言ってうっすら見せた涙は偽物だったというのか!


「そうかな? 白々しかったでしょ? 彼女は可哀想な自分を演じたかっただけ。本当はとても幸福なのに。まぁそういう人たちは一定数居るよね。いわゆる悲劇のヒロイン症候群ってやつだよ」

「聞いた事ない」

「正式な病名ではないからね。自己愛が強いんだ。絃ちゃんとは正反対」

「わ、私だって自分を愛してるよ!」

「そういう意味じゃないよ。でも僕にも今回の事で色々と収穫はあったよ。絃ちゃんはやっぱり僕の理想だった」


 そう言ってセルヴィはいつになく優しく微笑むと、なにか言いたげにすぐに視線を伏せた。その顔がやけに印象的だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?