「え? したいからだけど?」
「……それだけ?」
「それだけ。キスするのに他に理由ある?」
真顔でそんな事を尋ねられると返答に困るが、とりあえず私はもう諦めて次のたこ焼きを冷まし始めた。
そこへサシャがようやく戻って来る。その手にはしっかりと大きめの封筒を持っていた。本当に家を決めてきたのだろうか?
「ただいま~」
「決まったのか?」
「まぁね。ちょっとだけ誘惑して家賃値下げさせてやったわ」
笑顔でそんな事を言いながらサシャは私の向かい側に腰を下ろし、私達は仲良くたこ焼きを分け合ってようやく家へと帰った。
家へつくなりセルヴィはいそいそと買ってきた物を片付けに行く。それを深雪が手伝いに行こうとしたが、サシャに呼ばれて二人して私の部屋へ行ってしまった。
私はカウンターの外からよく動くセルヴィを見つめながら呟く。
「ねぇセルヴィ」
「んー?」
「たこ焼き美味しかったね」
「そうだね。今度家でやってみる? 自分で焼くんだよ」
「あのクルクルするやつ? やってみたい!」
思わず身を乗り出すと、そんな私の後ろ頭を捕まえてセルヴィが何の前触れもなく軽いキスしてくる。
あまりにも突然で私が驚いて固まっていると、そんな私を見てセルヴィが微笑んだ。
「ごめん、可愛かった」
「う、せ、せめて予告はして!」
多分私は今、耳まで真っ赤だろう。そう思う程度には顔が熱い。
と、背後からカツンと何かが落ちる音が聞こえてきた。振り返ると、そこには唖然とした様子の深雪が居る。
「……えっと、それが絃さんが望んだ対価なの? でもそういうのは彼氏とか好きな人とした方が良いと思うんだけど」
苦笑いを浮かべながらこちらへ近づいてきた深雪にセルヴィが淡々と言った。
「これは対価などではありませんよ。私がしたくてしているのです。何か問題でも?」
そう、むしろ私は気持ちのこもっていないキスなど望んでも居ないのだが、どうにもセルヴィはそんな私の心を無視して、毎日ペットにするような感覚でキスをしてくるのだ。それを聞いて深雪が表情を強張らせる。
「セルヴィ様が?」
「ええ。それに私達の間に対価のような契約はありません。しいて言うなら吸血をした時のお菓子ぐらいです。ねぇ? お嬢様」
「そうね」
とは言うものの、最近は一日一個だけ買っても良いと言ってくれるので大満足の私だ。
そんな私達を見比べて深雪がさらに眉間にシワを寄せる。
「お菓子が対価って、そんな子供じみた契約。セルヴィ様、私はサシャ様からあなたは本当に偉大な吸血鬼だと聞いています。吸血鬼の郷でも一番力のある吸血鬼だとか。そんな方が子どもみたいな人をパートナーにするのはどうなのでしょうか? あなたならもっと他に相応しい人が居ると思うんですけど……」
深雪が心配そうに視線を伏せてそんな事を言うが、セルヴィは知らん顔だ。餌の言う事などセルヴィにとってはどうでも良いのだろう。
「吸血鬼に相応しい人間など居ませんよ」
「そうよ、深雪さん。それに吸血鬼は本当に怖い生き物なんだから」
何せ一度殺されかけているしな! そう思って忠告したのだが、何故か私の言葉に深雪は眉根を寄せた。
「何を言っているの? 吸血鬼はとても崇高なのよ? 確かに闇の生物かもしれないけれど、愛を教えてくれた人間を仲間にするの。そういう愛情深い一面もあるの」
そうなの? そう思ってセルヴィを見上げると、セルヴィは肩を竦めただけだ。セルヴィは確かにペットには優しいが餌には厳しい。
「それに一時とは言え主に向かってそんな事を言うなんて信じられないわ。私だったらもっとセルヴィ様と上手く暮らしていくのに」
「セルヴィと上手く暮らす? それは無理だと思う」
思わず素直に思った事を言うと、深雪がこちらにツカツカとやってきて私をはっきりと睨みつけてきた。
「どう無理? 少なくとも私の方があなたよりも役に立つと思うんだけど。お嬢様だかお金持ちだか知らないけど、少しはセルヴィ様の負担を考えてみたらどうなの?」
「……やっぱりセルヴィと暮らすのは無理だと思うな」
それを聞いて私はポツリと呟いた。
これは完全にセルヴィが前に言っていた従順な人間たちの行動だ。もしかしたらこれが吸血鬼の魅力の成せる技なのだろうか? ここまで尽くしたいと思わせるのは単純に凄い。
セルヴィもそう思ったのか大きなため息を落としている。
「はぁ。ほらね、絃ちゃん。皆、こうなるんだよ」
「大変ね」
「全くだ。おいサシャ、居るんだろ? さっさとこいつを連れて出ていけ」
セルヴィの言葉に深雪が愕然とした顔をしているが、そんな事などセルヴィは気にも止めない。