「はぁ、めんどくさ」
低い声でそんな事を言うセルヴィに私は首を傾げた。
「サシャと何かあったの?」
「いつもの事だよ。あいつは昔っから好き勝手しすぎる。世界が本気で自分を中心に回ってると思ってるような奴だから」
「それはセルヴィもでは」
「僕よりもだよ。だからこそあんな餌選ぶんでしょ。まぁでも欲深そうだから丁度良かったのかも。それにしても絃ちゃん、よくあんな嫌味いっぱい言われて怒らなかったね」
セルヴィの言葉に私は首を傾げた。
「嫌味? あれ嫌味だったの!?」
深雪の言っていた事は大体正しかったが? それを聞いて今度は何故かセルヴィは吹き出して頭を撫でてくれる。
「流石だね絃ちゃん。冴子の嫌味に慣れすぎちゃったのかな」
「冴子ね……冴子はエグるような嫌味を言ってくるから……ところでセルヴィ、今日はおやつもう一つ選んでもいいんだよね?」
「うん。どれがいいの?」
「迷ってるの。やっぱり皆で分けるなら大袋の奴かな……」
「またそんな事で迷って! 良いからたまには自分が食べたいもの選びなよ」
そう言ってセルヴィは私の頭をもう一度撫でて、今度は二人で店内を回る。
うん、やっぱりセルヴィと見て回る方が楽しい。結局2つ目のおやつは決まらなかったが。
しばらくしてなかなか戻って来ない深雪を待つために私達はフードコートに向かった。ここは私の聖地だ。
「さっきのおやつね、たこ焼きにしても良い?」
「ん? ああ、構わないよ。青のりは止めてもらう?」
意地悪に口の端を上げてセルヴィはそんな事を言う。そのセルヴィの顔の憎たらしい事と言ったら!
「たっぷりかけてって言っておいて!」
「ふはっ! 分かった」
そう言ってセルヴィがたこ焼きを買いに行ってくれている間に深雪が戻ってきた。
「すみません、お待たせしちゃって」
「いいえ、大丈夫よ。探していた物はあった?」
何気なく問いかけると、一瞬深雪の視線が鋭くなる。彼女が凝視しているのはたこ焼きを買いに行っているセルヴィの後ろ姿だ。
「セルヴィ様は絃さんの主なのよね?」
「そうね」
「でも全てセルヴィ様にやらせるの? あなたはここに座って待つだけ? 私だったらとてもじゃないけどそんな事出来ないわ」
その言葉に私は考え込んだ。そんな事を言われてもセルヴィから動くなと言われているのだ。むしろしゃしゃり出ていく方がセルヴィは不機嫌になる。
けれどまだセルヴィと付き合いの浅い深雪にそれを伝えても、きっと伝わらないだろう。何なら深雪の言っている事の方が正しいのだから。
そこへセルヴィが戻ってきて、私の目の前に出来立てアツアツのたこ焼きを置いた。
「そりゃ私がお嬢様には何もしないよう言いつけてあるので」
どうやらこちらの会話が聞こえていたようで、セルヴィは私の隣に座るとたこ焼きの蓋を開けてフーフーして冷ましてくれる。
「ありがとう。でも自分でやれるわ」
深雪にこんな事を言われてすぐにフーフーされるのは流石に恥ずかしくて、セルヴィからたこ焼きを奪い返して冷まし始めると、セルヴィは何故か心配そうだ。
「どうかなぁ? 気をつけてよ? 舌火傷しないようにね」
「分かってるってば——あづーーーっ!」
「ほら、言わんこっちゃない。はい、お水」
「ありはほう(ありがとう)」
人生で二度目のたこ焼きは尋常じゃないほど熱かった。そう言えば焼き立てを食べるのはこれが初めてである。
「……」
そんな私達のやりとりを見て深雪は引きつっているが、舌を火傷した私を見てセルヴィは何故かご満悦だ。
「帰ったら治してあげる」
「どうやって?」
まだヒリヒリする舌を水で冷やしながら首を傾げると、セルヴィはニコリと微笑んでとんでもない事を言い出した。
「キスに決まってる。僕達吸血鬼は体温が低いから」
それを聞いて私は一瞬で青ざめてセルヴィの口を塞ぐ。
「なっ、なっ、なんて事言い出すの!」
「えー、駄目?」
「駄目に決まってるでしょ!? 大体怪我した所にツバをつけたって治らないわ!」
むしろ雑菌たっぷりなのだから余計に酷くなるに決まっている!
「じゃあ普通のでいいよ。治ったらいっつものするけどね」
「い、いい! ていうかもうキスの供給もいらないのに何でまだその、キ、キ、んん! するの?」
そう、一度許したあの日からセルヴィは何故か毎日のように私にキスをしてくる。特に意味もなく。あのキスには一体何の意味があるのか、未だに私にはさっぱり分からないのだ。