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第73話『お嬢様は気づかない』

 それから私はセルヴィから今日も送られてきていた買い物リストを出すと、商品をカゴへと入れていく。


 やがて調味料の所までやってきた時、醤油をカゴに入れようとした私の手を深雪が止めた。


「セルヴィさんがいつも使っているのはここのメーカーの物よ」

「そうなの? ありがとう」

「どういたしまして。本当におうちの事何もしないんだね」

「ええ。だってキッチンに入ると叱られるんだもの。でも深雪さんが教えてくれるから助かるわ。ありがとう」

「……どう、いたしまして」


 それからも深雪はいつもセルヴィが使っている調味料を色々と教えてくれた。私はその一つ一つをしっかり裏のラベルまでチェックしてカゴに入れていく。


 こうやって見ていると、セルヴィが普段いかに食材にこだわっているかが見て取れた。


 それからも買い物をしていると、深雪が話しかけてくる。


「ずっと聞きたかったんだけど」

「何かしら?」

「絃さんはいつセルヴィ様に出会ったの?」

「私? 私は5歳の時に命を助けられたのよ、セルヴィに」

「5歳の時!?」

「ええ。私はずっとその事を忘れてしまっていたの。でも大学に入るために一人暮らしを始めた先に、彼が居たの。それからずっとセルヴィは私のお世話係よ」


 本当は私の方が飼われている訳だが、それは何だか自分がペットでしか無いと言う事を認めるみたいだから言わない。


「そうだったの! もっとずっと一緒にいるんだと思ってた! だったらきっと困ったでしょうね。だってせっかく餌にした子がまるで子どもみたいだったって事でしょ? おまけに命の恩人の事を忘れてるなんて……セルヴィ様可哀想」

「それはそうね。だからセルヴィの忍耐には本当に頭が上がらないわ。感謝してもしきれない、命だけじゃなくて私の人生の恩人でもあるのよ」


 セルヴィのおかげで私は色んな事を経験し、知ることが出来た。そういう意味では以前サシャが言ったように、私はまだ赤ん坊なのだ。


「……絃さんって、あまり物事を深く考えない人なんだね」

「それは初めて言われたわ」


 まぁ確かに私の考えている事など大半がジャンクフードなどの事な訳だが、何だか人からそんな事を言われるのが新鮮で思わず目を丸くしてしまう。


 すると何故か深雪は眉根を寄せて詰め寄ってきた。


「もう少し人生の事を真剣に考えた方が良いと思うよ。今は良いけどいつまでもこういう生活していられないでしょう?」

「それはどういう意味? 私の人生はこれからもセルヴィの物よ。それはもう絶対に変わらないわ」


 逃げたくても逃げられない。何故なら私はセルヴィの嗜好生物だから。彼から血液タブレットを取り上げられたら、その時点で死あるのみだ。


 私の答えを聞いて深雪が鼻息を荒くして何故か早口でまくし立ててくる。


「あのね、人生って本当に何があるか分からないの。たとえば明日、セルヴィ様から出ていけって言われるのはあなたかもしれない。そうしたらどうするの? 何も出来ないし先の事を何も考えないあなたが生きていけるほど世の中は甘くはないのよ」

「そうね。人生って本当に何があるか分からない……だからこそ、後悔しないように生きないと」


 何せ突然お前は今日から餌だと、僕の許しがなければ死ぬことも生きる事も許されないと言われた私である。その時に色々と悟ったのだ。人生は甘くない、と。


 私は返事をしながらスーパーを一周してお目当てのお菓子の所までやって来て今日のおやつを選び始めた。どうせなら皆で分けられる物が良いな。そんな事を考えながらお菓子を選んでいると、深雪が私が持っていたお菓子を取り上げる。


「ねぇ、聞いてる? まだ話しは終わってないの。言葉のキャッチボールも出来ないの? 何なら出来るの?」


 深雪がそこまで言った時、ふと私の体が浮き、続いてセルヴィの声が聞こえてくる。どうやら私はセルヴィに荷物のように抱え上げられたようだ。


「昔から金持ち喧嘩せずと言いまして、あなたが思っているよりも香澄家は大きな家なのですよ。万が一先程あなたが仰ったような事があったとしても、彼女には別の豊かな人生がすぐさま用意される。そんな家柄なのです。だから彼女はそういう危機感はほとんどありません。残念ですが」

「セルヴィ! もうお話しは終わったの? あれ? サシャは?」

「家探しに行った。ああ、これでようやく元通りだ!」


 そう言ってセルヴィは私を抱えたまま、深雪が私から取り上げたお菓子を奪い返してそれをカゴに入れる。


「僕の買い物リスト入れておいてくれたの?」

「ええ。深雪さんが教えてくれたのよ。本当に頼りになったんだから! それでね、思ったの。あなたがいつも使ってくれている調味料とかって凄くこだわってたんだなって。いつもありがとう、セルヴィ」


 その言葉にセルヴィは目を見開いて私を凝視すると、何かを我慢するかのように無言で地団駄を踏む。


「セ、セルヴィ様、あの」

「そう言えばあなたも何か探しに来たのでは? そう言ってお嬢様のお迎えについてきましたよね?」

「え? ええ、そうでした。ちょっと探してきます」


 深雪が居なくなった途端、セルヴィの顔からお世話係仕様の笑顔が消え、途端に不機嫌モードになる。


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