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第132話

 突然のスイの乱入に私達はようやくハッとして互いの身体を離し胸を撫で下ろす。


 今、一瞬このままどうなっても良いなどと思ってしまった自分が恥ずかしい。


 ところがセルヴィは流石だ。慌てたのは一瞬だけでこんな場面を見られてもスイの提案にすぐさま笑顔を浮かべて言う。


「それはそうだな。よし、絃ちゃんと二人だけで住める家を買おう! どこが良い? 絃ちゃん」

「え? いや、どこって聞かれても私、この辺の事はよく——」


 そこまで言って思った。どうせなら歩いて行ける距離に美味しい物が売っている所が良いと。


「あのね、屋台通りの近くが良い! お風呂上がった後に突然アイスが食べたくなる事とかあるでしょ? その時に歩いて買いに行ける所にお店がいっぱいあったら良いと思う!」


 顔を輝かせて答えた私にセルヴィは笑み崩れた。


「君だけは本当にブレないな。分かった。それじゃあ良いとこ探しとく。スイ、素晴らしい提案だった。僕が戻ったら報奨金を出す」

「いや、別にいらん。ほんの冗談だったんだが絃を囲うなら城でも十分だろ」


 まさかの報奨金宣言に流石のスイも引きつっていたが、セルヴィはそんな事はお構いなしだ。


「馬鹿だな。うちの使い魔達への仕打ちを見ただろ? あそこの奴らが絃ちゃんを僕のように大切にするとは到底思えない。それならどこか別の場所に住んで絃ちゃんを毎日愛でるよ」

「まるで愛人だな……好きにしろ。だが一応毎日城には顔を出せよ」


 二人の会話を聞いていて、ふと私はある事に気づいた。


「もしかして……ロアさんはガイルの愛人だった……とか……?」


 その言葉に二人が真顔でこちらを見つめてくる。


「なに?」

「もしくは私みたいにロアはガイルに飼われていた……とか」


 そしていつしかロアはガイルを愛してしまった。そう考えると、私に言ってきた数々の言葉はロア自身が言われた事だったのかもしれない。


「どうしてそう思ったの?」

「ロアさんは私に何度も忠告をしに来たの。吸血鬼と嗜好生物が結ばれる事は無いって。それから、セルヴィは今までの嗜好生物にもそう言ってたって」

「ちょっと待って。何度も言うけど、僕は絃ちゃん以外の嗜好生物を作った事なんて無いからね!? 誓って絃ちゃんだけだから!」


 それを聞いて何故かセルヴィが必死の形相で迫ってくるが、私だってもうそんな事は気にしていない。たとえ今のセルヴィの言葉が嘘であっても、もう動じない。過去は過去だ。どうやったって私には知りようもないし、大事なのは未来に決まっている。


 セルヴィの訴えを無視してスイが私を覗き込んできたが、その顔には本気で分からないと書いてあった。


「しかし理由は何だ。何故セルヴィを狙う?」

「単純にガイルの復讐じゃないかなって。私は人間だから分かる。ロアさんがダンピールで、その半分が人間だからこそ。もしロアさんがガイルの愛人か何かで、ガイルの事を好きだったとしたら、ガイルがセルヴィを襲い返り討ちにされて灰になったって知った時に復讐を考えるかもしれないし、その相手が自分と同じような立場の嗜好生物を手に入れてその子を溺愛していたら、きっと疎ましいわ」


 そう、実際に私はセルヴィをあんな目に遭わせたロアを許せない。


「絃ちゃん……」

「……なるほど。確かにその思考回路は人間特有の物だな。ではロアがお前に言ったのは、全て自分自身が言われた事だったという事か?」

「そうなのかなって思っただけだけど……何にしても私はガイルとロアさんの間には何かしらの繋がりがあったんだと思う。でないとあんなリボンを拾いになんて行かないよ」

「確かに僕だって絃ちゃんに何かあったら確実に相手を灰にするもんな……。つまり、ロアにとってガイルこそがそういう相手だったと言うことか」

「うん」

「スイ、この一家は今はどうなってるか分かるか?」

「いや、分からん。というか、あまりにもバカバカしい死因に絃に言われるまで存在すら忘れていた」

「そうか。明日セシルと調べようか。絃ちゃん、ありがとう」

「ううん。私じゃないよ。トンスケがこんな名刺をどっかから持って帰ってきたんだ」


 そう言ってトンスケが持ち帰った名刺を見せると、セルヴィはそれを受取り首を傾げる。


「トンスケの嗅覚は凄いな……」

「トンスケと言えば、あの猫は既にお前の使い魔達の頂点に君臨しているな。あいつは何者なんだ?」


 スイの言う通り、トンスケはすっかりセルヴィの使い魔達を従える側に回っていた。よく使い魔達は円陣を組んで会議のような物をしているが、その中心に居るのはいつもトンスケだ。


「大学に住み着いてる年齢不詳の野良猫……だと思うが、実際の所はどうなんだろうな。あいつは僕よりも謎が多い」


 セルヴィの答えに私も頷いたが、それを聞いてスイは何かに納得したような顔をしていた。


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