「それって、セルヴィが郷を出る前から既に計画は始まっていたって事?」
「そういう事になるね。だから絃ちゃんに目をつけたのは最初の計画には無かったんじゃないのかな。それから多分、郷の外で僕を襲うつもりだったんだと思うよ」
「どうして!?」
「その方が足がつきにくいから。でも失敗した。理由は多分、君だ」
「私?」
セルヴィの言葉に首を傾げた。何故私が失敗の原因になるというのだ。そう思ったのだけれど、セルヴィの出した答えはあまりにも単純だった。
「僕が一人になる事がほとんど無かったからだよ。僕は郷を出てから色んな所を転々としてたけど、落ち着いたのは日本だ。そこですぐに絃ちゃんに出会った訳なんだけど、それから僕は君を監視する為に街中に住み、そして同居を始めた。ダンピールとは言え、人前でむやみやたらに誰かを襲うのは流石に無いからね。そんな事をしたら、あっという間に吸血鬼の事が世間にバレてしまう」
「そっか……吸血鬼は死んだらその場で灰になっちゃうんだもんね……」
「そういう事」
吸血鬼という存在を世間にバラしてしまう事は流石のロアも抵抗があったらしい。それは何故? 吸血鬼の全てを恨んでいるのであれば、人前だろうが何だろうがセルヴィを襲い、吸血鬼の存在を世間に公表しても良かったはずだ。
けれどそれをしなかったという事は、ロアが恨んでいるのはセルヴィだけで、吸血鬼そのものを恨んでいる訳ではないのではないだろうか。
「ねぇセルヴィ、私思ったんだけど」
「うん?」
「ロアさんって、何を守りたくて人前でセルヴィを襲わなかったのかな?」
「どういう意味?」
「だって普通のダンピールみたいにロアさんも吸血鬼ハンターだったのなら、吸血鬼の存在を隠そうとはしないよね?」
「……それは、ロアが僕に個人的な恨みを持っているという事?」
「うん。吸血鬼が嫌いな訳じゃないと思う。むしろ好きなんじゃないかな」
この言葉にセルヴィは何かを考え込むように黙り込む。
「それからこれ……黙ってようと思ってたけど、やっぱり言うべきかなって。多分、この人が絡んでると思うの」
私はスイに貸してもらったカルテをセルヴィに手渡した。
セルヴィは車の爆発事故に巻き込まれた。どうして車を使ったのかは、このガイル・セレスが果たせなかった恨みをロアが果たそうとしたからではないだろうか。
けれどガイル・セレスの妻はロアとは似ても似つかない人物だった。そこだけが分からない。ロアとこのガイルの繋がりさえ分かれば、何かが分かりそうなものなのに。
セルヴィは受け取った書類を長い間見つめていたけれど、やがて大きなため息を落として手を伸ばし、私の頬に触れてくる。
「絃ちゃんは止めても止めても首突っ込んでくるね」
「だ、だって気になるじゃない!」
「ただの好奇心で首を突っ込んでるの?」
「そんな訳ないでしょ! 怠惰がアイデンティティの私がそんな事する訳ない。でも……ヴィーが居なくなるのは嫌……」
「そっか」
私の言葉に切なげにセルヴィが微笑む。
今まで私はセルヴィに守られてばっかりだった。その立場にずっと甘えていた。
けれどあの事故に遭ったセルヴィを見た時、自分の咄嗟の行動を思い返した時に気づいたのだ。私だって、セルヴィを守りたいのだと。
お姫様みたいに可愛がられているだけでは、本当に一生ペットだ。
けれど私はセルヴィと同じ視線に立ちたいのだ。
いや、それは言いすぎた。王様の視線に立つのは流石に無理だが、セルヴィから信頼されるような立場になりたい。孤独な王の癒やしではなく、セルヴィ自身が心を許せるような、そんな人になりたいのだ。
私は膝の上で難しい顔をして書類を見ているセルヴィの前髪をそっと避け、膝を少し持ち上げてそのおでこにキスをした。その途端、セルヴィが驚いたように書類をどけて私を凝視する。
「ど、どうしたの、絃ちゃん」
「何となく。格好良かったから」
いつもセルヴィがこうやって不意打ちでキスしてくる事を思い出し答えると、その答えにセルヴィの顔がみるみる間に紅く染まっていく。それと同時に瞳の色が代わり、髪の色までも変わっていった。
そして気がつけば——。
「もう本当に、どうして絃ちゃんはこんな無自覚に可愛い事をするんだ」
甘く痺れるような声に私はゾクゾクしていた。死にかけたセルヴィを見た時、私の中に沸き起こった感情はやはり間違いなく愛情だったのだ。この人しか居ない。吸血鬼だとか王様だとか、そんな事は関係ない。
私は、セルヴィという人を愛しているのだと。
押し倒されてじっとセルヴィを見上げていると、セルヴィはそんな私から何かを感じ取ったのか、ふいに吸血もキスもせずに私から顔を背けた。その行動がどういう意味なのか分からない。
けれど傷つきはしなかった。だってセルヴィの顔は耳まで真っ赤だったのだから。
「すまないが、そういう事は頼むから自分たちの部屋でしてくれないか。もしくは新しく家を買ってそこでやれ」
そこへ外で夕食を済ませたであろう、家主のスイがリビングに入ってくるなり、見つめ合い硬直している私達を見て呆れたような口調で言った。