「これだ。一家全員が一度はうちにかかっていて、ガイル本人は既に灰になっている」
「灰に?」
何となく頑丈なイメージがあったが、そうでもないのだろうか? そう思って尋ねると、スイは肩を竦める。
「ああ。ヴィーにやられたんだよ」
「どうして……」
カルテに目を通すと、どうやらセレス一家はガイルと妻、そして三人の息子で構成された家族だったようだ。
「セルヴィがこの家族を襲ったの?」
「いや、違う。そいつらがヴィーを襲ったんだ。この名刺を見る限りこいつは車の販売店の奴のようだが……入れ」
それだけ言ってスイはカルテの部屋に私を通してくれた。何かに気づいたのかもしれない。
スイは私を部屋に招き入れて置いてあったパソコンを起動させると、名刺に載っていたアドレスを調べ始めた。そしてそのままどこかのホームページに辿り着く。そこには小さな工場が何枚も載っていた。
「やはりこいつらか。まだ会社のホームページは消していなかったようだ。こいつだ。こいつがガイル・セレス。あまりにも無謀な男だったからよく覚えている」
私はその写真を覗き込み、ガイル・セレスをまじまじと見つめる。
「あっ! こ、このリボン!」
ガイルが接客をしている写真にガイルの後ろ姿があったのだ。そこにはっきりとセルヴィと同じ色のリボンをしたガイルが写っている。
「……絃、これがガイルの嫁なんだがロアか?」
そう言われてスイが指差す女性を見たが、ロアではない。どうやらガイル一家は家族で車の製造業をしていたらしい。
「違うわ。でもこのリボンは……」
全く同じものかどうかは分からない。分からないが、何だか無性に落ち着かない。そもそもこんな偶然があるだろうか?
「スイさん、この人はどうしてセルヴィを襲ったの?」
「理由か? バカバカしくて笑えるぞ。ヴィーが自分達の会社の車を選ばなかった。そのせいで経営が傾き破綻したんだと難癖をつけたんだよ」
「へ?」
「呆れ返るだろ? それで返り討ちに遭ってここへ運ばれてきたんだ。一家で。そしてガイルだけはここへ着いてすぐに灰になった」
あまりにもお粗末な理由に思わず私は呆れ返ってしまうが、ではロア・セレスというのは誰だ。このガイル・セレスとは全くの無関係なのだろうか?
何かが腑に落ちないまま私はスイにお礼を言って部屋を後にすると、今日は毎日頑張っている皆の為にうどんを作る事にした。
それを聞くなり何故かスイは外で食べてくる、などと言い出す。一応皆にも「今日は私がうどんを作るよ!」と連絡をしたが、サシャとセシルからも丁重なお断りを入れられてしまった。
そんな中、セルヴィだけは「楽しみにしているよ」と返してくれる。やはりセルヴィは嗜好生物にとことん優しい。
キッチンを借りて食事の準備をしていると、夕方になってようやくセルヴィが一人で戻ってきた。
外でエンジンの音がしたので急いで手を洗って玄関を開けると、セルヴィが笑顔で入ってくる。
「おかえりなさい」
「うん、ただいま」
にこやかな笑顔のままセルヴィが両手を広げるので、私は迷うこと無くその腕の中に飛び込んだ。
今、玄関でひたすら主人の帰りを待つ犬の気持ちが痛いほど良くわかる。大好きな人が帰って来るのを、きっとこんな気持で待っているに違いない。
セルヴィは私の身体を抱きとめると、一度強く抱きしめて手を放し仮面を取る。
「うどん作ったの?」
「うん! そろそろ食べたいかなって思って!」
セルヴィと同居を解消してから料理教室にまで通って料理の練習をしてきた。それは偏にセルヴィに食べさせたかったからだ。その中でも私の自信作はうどんである。
私の言葉にセルヴィは笑いを噛み殺しながら頷く。
「ありがとう。でもよくうどんなんてあった——」
「打ったの! 自分で打ったんだよ! こっち!」
ここにうどんなどある訳がないが、小麦粉はあるのだからうどんを作る事は可能だ。
こうして私は自慢のうどんをセルヴィに初披露したのだった。
「伊勢うどんみたいだったね。もしくはきしめん。味は良かったよ。でも出汁はちゃんとパックに詰めようね。いくつか鰹節の欠片食べちゃった」
夕食を食べ終えたセルヴィは満足そうにそう言うと、ソファにだらしなく転がる。
片付けを済ませてセルヴィの側に移動すると、セルヴィが不意に頭を上げた。
「ここ座って」
「うん」
言われた通りにその場に座ると、セルヴィが私の膝に頭を置いて目を細める。
「はぁ……今日も疲れた」
「お疲れ様。何か分かった?」
「そうだな……ロアの搭乗記録も渡航記録も無かった。恐らく偽名なんだろうね。でも多分ロアはずっと郷に居たんだと思う」
「どうして?」
「殺された奴らは全員、僕が郷を出る少し前に出た奴らなんだ。身内には旅行に行く体でね。でも実際には人間の世界で職にまでついている。という事は、ロアはその前にそいつらと接触して今回の事を企てた可能性が高い」