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第129話

 そう言って私は机の上に置かれたセルヴィのリボンと良く似た色のリボンを指さした。色合いはとてもよく似ているが、質感は全然違う。


「なるほど。確かにこれはロアに繋がる重要な事かもしれない。でもね、絃ちゃん。僕は君にこんな事をして欲しくないんだよ」

「でもロアさんの顔を知ってるのは私だけじゃん。それに私はここから一歩も出なかったもん。約束は破ってないよ」


 思わず言い返すと、セルヴィよりも周りの人たちがビクビクした様子で私達のやりとりを見守っている。


「それはそうだけど! ここから出なければ何をしても良いって事じゃないって言ってるんだよ!」

「ヴィーが私の心配してくれてるのは分かってるけど、私だってヴィーが心配なんだもん!」

「うっ……そ、そうか……いや、違う! ああもう! ちっとも思い通りにならないな! 君は!」

「ヴィーだって!」


 私達は顔を突き合わせて睨み合うと、フンとお互いそっぽを向く。そんな私達を見て大きなため息を落としながらセシルが言う。


「これが俗に言う痴話喧嘩という奴なのでしょうか。なるほど、確かにこれは犬も食いませんね。そして今回の被害者はまさか自分たちがダンピール如きに惑わされるなどとは、夢にも思っていなかったでしょう」

「そう言えば……」


 ふと私はあの吸血鬼に失血死させられそうになった日の事を思い出した。


「なに? まだ何かあるの?」


 半眼になって私をジロリと睨んでくるセルヴィに私ははあの日の事を話す。


「私の今の主がね、私を襲った時に言ったの。お前たちにはまだ始まりだがな、って」


 どうして忘れていたのだろう。あれは正に今の事を言っていたのではないのか。そんな事を考えて思わずセルヴィの袖を握ると、セルヴィがそんな私に気づいたかのように私の手を握って指先を絡めてくる。


「という事は、そいつはこうなる事が既に分かっていたという事か」

「そういう事だろうな。もしかしたらそいつだけはロアの仲間だった可能性もある。何せ僕の嗜好生物を奪ったぐらいだ。その時点で灰になる覚悟もしてただろうしな」


 考え込むような仕草をするセルヴィを横目に私はロアの事を考えていた。


 ロアが探していたであろうあのリボンは、一体誰の物なのだろうか。何よりも何故ロアは大嫌いなはずのセルヴィの婚約者まで名乗って私の前に姿を現したのだろう。


 それからの数日間は流石の私も大人しくしていたのだが、そんな私の元へ朝から行方不明だったトンスケがやってきた。


「トンスケ! どこ行ってたの!? ずっと探してたんだよ!?」


 私は泥だらけのトンスケを抱き上げて頬ずりしようとすると、頬を肉球で押し返されてしまう。相変わらずデレないトンスケだ。


 そんな私の腕の中から飛び降りたトンスケは、私の足元に何かをぽとりと落とす。それはボロボロになった誰かの名刺だった。


「こ、これ……っ!」


 私はそれを見て悲鳴を飲み込む。その名刺には、はっきりと『車技師・ガイル・セレス』と書かれていたからだ。


 セレス。それは確かロアの名字だったはずだ。急いで名刺の裏を見ると、そこには簡単な地図と修理工場の紹介文が乗っている。


 この時、私はこの名刺をどうしようか迷った。もしかしたらこのセレスという人がロアの関係者かもしれない。


 けれどもし違ったら余計に捜査を撹乱してしまう事になってしまう。


 私はその場にしゃがんでトンスケに言った。


「トンスケ、この事をセルヴィ達に伝えるのはちゃんと調べてからにしよう。でも、どうやってそれを調べれば良いんだろう……」


 探偵でも無ければ軟禁されている私が調べられる事など知れている。スマホで調べたってきっと何も出て来やしないだろう。


 頭を悩ませていると、突然トンスケが身を翻して私のスカートの裾を引っ張った。


「なに? どこ行くの?」


 トンスケに言われるがまま部屋を出てついていくと、トンスケはある部屋の前で立ち止まる。


「びあ!」


 そこはスイがカルテを管理している部屋だった。流石にそこへ勝手に入る事は出来ない。そう思った私はこの事をスイには打ち明けようと心に決めた。サシャに話さなかったのは、ロアがハミルトン家自体に恨みを持っている可能性があったからだ。


 セルヴィは死んだ事になっているが、今はヴィンセントとしてセシルと共に毎日色んな所へ出かけて行く。


 その隙を狙い、私はスイに名刺を見せて吸血鬼たちのカルテを見せて欲しいと頼み込んだ。


「流石に全てを見せる訳にはいかない。セレスという名を持つ者達だけで良いか」

「もちろんです! お願いします!」


 深々と頭を下げると、スイはカルテの部屋へと入っていき、しばらくして五枚のカルテを持って戻ってきた。


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