しばらく離れて暮らしていたので、ここに来てからの毎日は僕にとって懐かしく、幸せな日々になっている。ただの時間の経過をこんな風に考えられるようになったのも絃のおかげだ。
しばらく絃の髪を撫でながらリビングで微睡んでいると、そこへ家主のスイがカップを二つ持ってやってきた。
「またか」
「ああ。可愛いだろ」
僕の周りには今、好きなもので溢れている。絃と使い魔たちだ。彼らもまた、僕の帰りを長い間待ってくれていたのだろう。
「暑苦しくないのか」
「そんな訳ないだろ。これ以上の幸せがどこにあるんだ」
「セルヴィ・ハミルトンはとんでもない出会いを果たしてしまったな」
嫌味でも何でも無いのだろうが、何となくカチンとする口調に眉根を寄せたが、スイが僕に手渡してきた物を見て機嫌を直した。
「ホットワインか。久々だな」
最後に飲んだ酒はビールだ。それを受け取って思わず目を細めると、スイが不思議そうな顔をする。
「あれほど酒好きだったのにな。飲み物と言えば酒だったじゃないか」
「絃ちゃんの前で酒は飲みたくなかったんだよ。だって、絶対に弱いだろ?」
絃はまだ19だ。酒は一応日本の法律に準ずるのであれば飲めないし、何よりも見なくても分かる。絃は絶対に酒に弱い。
「まぁ、確かに弱そうだな」
「酒蒸しでも酔うんだ。体質的に合わないんだろ。だから僕は絃の前では飲まなかったんだが、案外すぐに慣れた」
「おまけに早起きだしな。夕方まで寝ていた奴が」
「それも絃ちゃんの弁当の為に始めた事だが、体調がすこぶる良くなった。やはり吸血鬼とは言え、朝日は身体に良い」
「……そうか。健康的で何よりだ」
呆れたようなスイに僕は頷いてホットワインに口をつける。喉を通るこの味も鼻に抜けるこの香りも本当に久々だ。
「絃ちゃんの為にしてきた事は結果的にどれも僕の為になっていた。この子は僕に連れ出してくれてありがとう、なんて礼を言うような子だが、僕も絃ちゃんと同じように新しい世界を沢山見ることが出来た。……なぁスイ。絃ちゃんを吸血鬼にする方法を知らないか?」
僕の言葉にスイが固まったかと思うと、次の瞬間には何故か笑い出す。
「おい、何の冗談だ?」
「冗談じゃない。僕は真剣に聞いてる」
「……知らん。というか、聞いた事すら無い」
「……だよな」
医者が言うのならばそうなのだろう。僕はため息をついて絃を抱えあげると、膝の上に乗せた。
「絃となら結婚だって喜んで出来るのにな」
「……久々過ぎてもう酔ったか」
「かもな」
それだけ言って僕はそのまま絃を抱え上げ、寝室へと運ぶ。そんな僕にスイが後ろから慌てたように言う。
「おい! 手を出すなよ」
と。
「当たり前だ。馬鹿」
僕はそれだけ返して部屋を後にした。
そんな事は忠告されなくても分かっている。あれほど地獄のようだと思っていた吸血鬼の郷で過ごした日々とは違う地獄に、僕は今身を置いていた。
◇
コソコソとあの事件の事を探っている事がとうとうセルヴィにバレたのは、あれから半月後の事だった。
夕食後、私達はセルヴィにこっぴどく叱られ、私は屋敷に軟禁されてしまったのだ。
けれど一度始めた計画を今更止める事は出来ない。色々と調べているうちに、ロアがどれだけ用意周到に立ち回っていたかが分かりだした。
「はぁ……よくもまぁ、こんな物まで」
ある日の夕方、セルヴィはため息を落として使い魔が持ち帰った物を見ていた。
私は軟禁された後もお菓子を与え続けてすっかり仲良くなった使い魔達を使い、あのリボンが落ちていた場所に他にも何か無かったかくまなく探してもらっていたのだ。あのリボンについた血痕と同じ匂いがする人の落とし物を。
私達では城に入る事が出来ないが、カラス達は別だ。一見普通のカラスなので、城の花壇を荒らしていても誰にも何も思われない。流石にパンサーは目立つので、彼らには城外に不審な所は無かったか探ってもらっていた。
「これを見つけたのはこの子達だけど、考えたのは絃よ!」
サシャは何故か誇らしい顔をして私の肩を叩いてくれたが、そんな私を見るセルヴィの目が怖い。
「絃ちゃん? 使い魔達を使ってこんな物を探させたのはどうして?」
「えっとー……」
セルヴィの声音が怖くて思わず言葉を濁すと、セルヴィが微笑んだ。
「言わないとキスするよ」
それを聞いて私はすぐさま口を開く。
「あのね、どうしてロアさんの血がついたリボンがあんな所に落ちてたのかなって思ったの。最初はただ犯行現場に戻っただけかなって思ったんだけど、セルヴィの死体を確認しようとしただけなら、リボンにロアさんの血なんてつく訳ないよね? てことは、あそこでロアさんは何か落とし物をしたのかなって。その時に何かで怪我をしてしまった。そしてこのリボンを見つけて手に取ったものの、違ったから捨てたって事だったのかなって。で、探してもらったらあったんだ。もう一つ、リボンが」