「ところでサシャ、さっきの話しだけど」
「あれね。スイ、ちょっとこれを見て頂戴」
そう言ってサシャは私に目配せをしてくるので、私はポケットから拾ったセルヴィのリボンを取り出した。
「なんだ、これは」
「兄貴のリボン。見て、ここ。兄貴のじゃない血がついてるのよ」
「……これは……ダンピールの血か」
「ええ。という事は、ダンピールもあの爆発の時に怪我をしたという事よね。それはつまり、その現場に居たという事」
「今度は探偵ごっこか?」
呆れたようなスイの言葉にサシャは小さく首を振る。
「そういう訳ではないけど、ロアはどうして現場に戻ったのかしらと思ったのよ」
「セルヴィの死を確認しようとしたんじゃないのか?」
「それだけかしら……? 絃、これの他には何も無かったのよね?」
「うん、多分。花壇の中に落ちてたから慌てて拾ったの。探した訳じゃないから分からないけど、多分何も無かったと思う」
「そうよね。城は今事件解決に躍起になっているもの。おいそれと中にすら入れてもらえないのよ!」
「お前でもか?」
「ええ、私でも。何なら私も疑われているぐらいよ。サシャ様がダンピールを招き入れたのでは? なんて言われたもの」
サシャは傷ついたように肩を落としてそんな事を言うので、私はサシャの手を強く握ると言う。
「サシャのせいじゃない。むしろ私のせいなんじゃないかな……私があの時に早くロアさんの事を伝えておけば、盗聴にだってもっと早く気づいたかもしれないのに」
そうすればセルヴィが郷に戻るという情報もロアには入らなかったかもしれない。そう思うとロアの言葉なんかを真に受けた自分に本当に腹が立つ。
「絃のせいな訳ないでしょ! 分かったわ。こうなったらロアを私達で探しましょう。幸いな事にこの郷は今や厳重体制が敷かれていて、あの事故の後、どこからも郷を出られなくなってる。入ってくる事は出来てもね」
「そうなの?」
「ええ。これはセシルから聞いた事だから本当。あの事故後すぐに全ての外に通じる道を遮断したと言っていたわ。つまり、ロアもまだこの郷にいる」
「やっぱり探偵ごっこか。俺は関わらないぞ」
スイはそれだけ言って歩き出そうとしたが、その腕をサシャが掴む。
「そうはいかないわよ。言っておくけれど、あなたも疑われてるんだからね」
「何故だ」
「兄貴に一番近い場所に居て、兄貴に常日頃から迷惑をかけられていたんだもの。そう思われても仕方ないわよ」
「……理不尽が過ぎないか?」
理不尽だ。私は思わず頷いてしまったが、それが吸血鬼という事なのだろう。
「ついでに言うと絃も疑われているからね」
「ええ!?」
「まぁ、それは分かる。あのセルヴィの嗜好生物だ。きっと酷い扱いだったに違いないと郷の奴らは思ってるだろ」
「で、でも溺愛されてるって噂……」
「それはただの噂だし、溺愛と言う単語からは色んな事を想像出来るだろう?」
それを聞いて私は青ざめた。まさか自分までもが疑われているとは思ってもいなかったのだ。
「そういう訳だから私達三人は色んな所からマークされてるの。と言うわけで、私達の汚名を晴らすためにもロアを見つけるわよ」
意志の強い眼差しで詰め寄られた私とスイは、もう頷くことしか出来なかった。
◇
『絃ちゃん観察日記・19
とうとう絃ちゃんに僕の地位がバレてしまった。きっとそのせいで今までの僕の行動や僕の生い立ちについて色々と察したのではないだろうか。
それでも絃ちゃんの僕への態度は少しも変わらない。相変わらず髪を乾かして欲しいとねだってくるし、僕の食事を食べたがったりする。僕はいつもそんな絃ちゃんに救われている。
最初は絃ちゃんのそんな所に惹かれたのだ。うちに居る使い魔に対する気持ちと同じぐらいの温度でいた事も認める。
けれど次第に絃ちゃんの本質を知るにつれてどんどん愛着が湧いてしまい、気がつけば僕の中で絃ちゃんは嗜好生物という枠を飛び越えてしまった。
でも不思議とこうなってしまった事に後悔はしていない。だって絃ちゃんへの気持ちを知らずに居た方が僕はきっと不幸だっただろうから。
そんな事よりも僕はこの休暇(ではないが)を利用して、また昔のようにずっと調べ物をしていた。今度は人間を吸血鬼にする方法だ。
まぁ、そんなものは無いんだけど。聞いた事もないし、成功した奴も居ない。そりゃそうだ。僕達にとって人間は今も昔も餌でしかないのだから。そもそも嗜好生物ですら僕のような可愛がり方をする奴はいなかった。勿体ない事だ。
これは絃ちゃんだからなのかもしれないが、嗜好生物は癒やしであり、心の拠り所であり、ずっと側に居てくれる唯一の存在だ。
僕にはすべき事がもう一つ出来た。まずは絃ちゃんの契約を僕に戻すこと。そして、いつか絃ちゃんを吸血鬼にする事。この二つは最優先事項だ』
僕は今日もまた髪を乾かしている途中で寝落ちてしまった絃を見下ろして和んでいた。周りでは船を漕ぐ絃につられてしまったのか、使い魔たちまでもがリラックスした様子で眠りこけている。