私と同じ事を考えていたのか、セルヴィはまだ怒りを顕にしている。
「まさかあいつら、僕が送ったタブレットだけやってれば良いと思ってたんじゃないだろうな!? これだから可愛がるという事が出来ない奴らは嫌いなんだ! こんな可愛い生き物にして良い仕打ちじゃないだろ!」
「セルヴィ、落ち着いて。ほら、あの焼鳥屋さんが見えてきたよ。君たちも食べるよね?」
そう言って後部座席を振り返ると、使い魔達がそれぞれの反応を見せた。彼らにはヴィンセントこそがセルヴィだとちゃんと分かっているようだ。
「寂しかったよね、セルヴィが居ないの。美味しい物も一杯食べようね。あと、できればトンスケとも仲良くしてやってね」
私がそっと後部座席に手を伸ばすと、カラス達が優しく啄んでくれた。その後、二匹のパンサーがおでこを擦り付けてくる。なんて可愛らしいのだ!
「か、可愛い……」
「でしょ!? ていうかもう慣れたの? ああ、僕の血が流れてるからか。お前たち、絃ちゃんの側を離れるなよ。彼女も主だ」
セルヴィの声に使い魔達はそれぞれに返事のような物をする。トンスケには無い可愛さに思わず胸がキュンとなるし、言わばこの子達は私の先輩だ。セルヴィの言う通り、これからも仲良くしたい。
それからお目当ての店に到着するなり私とセルヴィは二人で使い魔達の縄を外し、ウキウキで買い物に出かけた。
本当はこんな事をしている場合じゃない事は分かっているのだが、あのセルヴィを見た後ではこんな時間がとても愛おしい。
だからもう少しだけ、こうして二人で何も考えずに楽しい時間を過ごしたかったのかもしれない。
しばらく吸血鬼の郷に滞在する事になった私は、大学に休学届を出すことにした。もちろん両親には反対されたが、私はもうセルヴィの側を離れる気がなかったので、大学受験の時と同じようにどうにか両親を説き伏せた。この孤独な王様はどうやら本当に郷に居場所が無いようだったから。
セルヴィとしばらくの間は毎日出歩いていたけれど、セルヴィがセシルと共に作戦会議をする時間が増えた事で(驚くべき事にセシルはいわゆる宰相の地位の人だった!)、私には空き時間が出来るようになった。
「ねぇサシャ、これ見て」
ある日、セルヴィが会議をしている間、スイの元へ遊びに来ていたサシャに城で拾った焼け焦げたリボンを見せた。
「これ……兄貴の? どこで拾ったの?」
「ちょっと前にお城に行った時に花壇で拾ったんだ。何だか放っておけなくて持って帰ってきちゃった」
何の気無しに見せたリボンだったのだが、そのリボンを手に取ったサシャは眉根を寄せる。
「どうかしたの?」
「ここ、血がついてる。でも兄貴のじゃない……」
「え!?」
それを聞いて私はサシャが凝視しているリボンを覗き込む。そこへ家主のスイがやってきた。
「ほら、茶だ。会議はもう少しかかるから、サシャと遊んで来いと言っていたぞ」
そう言ってスイは私達の前に何枚かの紙の束を差し出してきた。お金だ。セルヴィと遊び呆けていた間に何度も見たそれは、最高額のお札だと言う事を私はもう知っている。
「こ、こんなに!?」
「あいつは金銭感覚も狂ってるからな。好きなだけ使ってこい」
「い、いいよ! 一枚でいい!」
私はそのお札の束から一枚だけ抜き取って残りをスイに返した。日本に戻ったら必ず返そうと誓って。
「なんて殊勝な嗜好生物だ。サシャ、見習った方が良いんじゃないか?」
「えー! 私は兄貴派だも~ん」
散財する気満々のサシャはスイの手から残りの束を受け取ると、私の手とスイの手を引く。
「三人で行こ! トンスケ! ついといで」
「びあ?」
名前を呼ばれたトンスケはすっかり仲良くなったパンサーの上から飛び降りると、軽やかな足取りでやってくる。
「どうしてトンスケだけ? 他の子が可哀想だよ」
「目立つからさ。それにあの子達には兄貴を守ってもらわないと」
「そっか。それじゃあ皆にはお土産買ってくるからね!」
私の言葉に使い魔達は返事をしてまた思い思いに遊び始める。
あれだけバサバサだった毛艶が今はもう完全に戻っていて、それはもう美しいパンサーとカラスだ。
そしてスイの運転で私達は街へ向かったのだが、今日はヴィンセントが居ないと分かった途端に街行く人達が私を遠慮なく睨みつけてきた。
「な、なんか今日は物凄く皆が怖いんだけど……」
「ああ、兄貴が居ないからでしょ。睨んでるの全部嗜好生物だよ」
「え!?」
という事は人間ということか! ここへ来てもどうやら人間の友人には恵まれ無さそうである。悲しい。
「仕方ないな。ヴィンセントがセルヴィと旧知の仲だったという事は周知の事実だし、仮面をしていてもあいつは美形だしな。おまけにここ数日のお前たちを見ていたら嫌でも分かる。ヴィンセントの嗜好生物の扱いは相当良い。そんな奴に譲渡された事になっているんだ。恨まれても仕方ない。おまけにヴィーは自分の資産を全てお前に託したという遺言書を書いたんだ。そりゃ恨まれもするだろう」
「えぇ……」
「ま、兄貴からしたらそれだけ溺愛していたんだって言いたかったのよ、きっと。本当にどこまでも自分勝手。そんな事したら絃が周りから疎まれるっていうのに」
言われたい放題のセルヴィだが、セルヴィが生きていた事にサシャが心の底から喜んでいるのを私は知っている。