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幼なじみのかたち
幼なじみのかたち
水瓜汐芭
BL現代BL
2025年03月20日
公開日
1,780字
連載中
ネイリストを目指す入野陽向(いりのひなた)は、ヘアスタイリストを目指す幼なじみの柳木真紘(やなぎまひろ)に密かに片思いをしている。諦めようと決めたものの、言動は矛盾する日々。そんな中、学校と並行して人生初のアルバイトをすることにした陽向だったが、働くことになったアルバイト先はまさかのラブホ! 童貞の陽向は動揺しながらもなんとか仕事を覚えていく。そんなある日、真紘のことならなんでも知っていると自負している陽向は、耳を疑うような真紘のある事実を知ってしまい――。 【毎週 月・水・金/18:00 更新予定】※毎週 月・金 07:00更新 から変更しました ※本作品には不快な内容が含まれている可能性があります。 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

第1話 恋

 乗車率百パーセントはゆうに超えている電車内で、入野陽向いりのひなたは体の前でリュックを抱え、四方八方からの圧迫に耐えている。


 一七三センチある身長のおかげで、人が壁になり呼吸困難、というほどではないものの、やっぱり全方向から体を圧迫されるとそれなりに息苦しい。

 けれどその息苦しさも、もうすぐ解消するはずだ。


 電車がターミナル駅に停車し、乗客が雪崩れ出て行く。流れに巻き込まれそうになった陽向を、ぐっと力強い腕が引き寄せた。


「大丈夫か」


 乗り込んできた乗客で再び車内が圧迫される。けれど、もうちゃんと息ができる。だって、真紘まひろの腕の中は、陽向にとって安全地帯のようなものだから。


「陽向?」

 優しく労わるような声音が寝不足気味の頭に心地よく響く。

「うん、大丈夫だよ」

「眠いのか?  昨日うちから帰ったの遅かったもんな」

「そのあともちょっと復習してたら、寝るの遅くなった」

「じゃあもっと寄りかかってていいぞ。ぼーっとしてて危ないから」

 危険性があってもなくても、寄りかからせてくれるくせに。


 柳木真紘やなぎまひろは、いつでも陽向に優しい。もうずっと前から変わらずに、甘苦しいくらいに優しい。


 誰が見たってイケメンだと言うくらい整った顔立ちの真紘は、ノリもよく男女ともによくモテる。

    真紘の周りにはいつも人がいた。だから、真紘の側はいつでも取り合いだった。


 陽向自身もクラスの中心にいたタイプで女子受けもそこそこよかったけれど、それは女子に警戒されにくい容姿だったからだ。色が白めでわりと華奢だとか、ふわふわの天然パーマが天使の赤ちゃんのように可愛いだとか。

 真紘のように無意識に人を魅了するのとは少しちがう。


 ではなぜ陽向がクラスの中心にいたのか。それはたんに陽向と真紘が幼なじみという関係で繋がっていて、陽向がそれを最大限活用して、真紘のそばにいたからだった。


「あ、そうだ。今日も学校終わったらうち寄るだろ? 母さんが陽向たちの分も夕飯用意するって。章雄あきおさんと光枝みつえさんの分は母さんがタッパーに入れて持ってくって言ってた」

「まじか、ありがと。父さんもばあちゃんも喜ぶよ」


 ここ最近出張が多い母に代わって、真紘の母が入野家の夕食の面倒を見てくれている。

 せっかく家が隣同士なんだから、いっそうのこと廊下で繋がってくれれば楽なのに、とは入野家と柳木家の母たちの言葉だった。いちいち外に出て玄関経由で食事を運ぶのがよそよそしくて嫌らしい。

 たしかに、時間関係なく互いの訪問を許し合う両家なので、渡り廊下があっても困らないかもしれない。


 陽向は真紘のことならなんでも知っている自信がある。趣味や嗜好、彼女の有無までなんだって。同様に、真紘も陽向のことを知っている。


 もし本当に渡り廊下が存在していたとしたら、もっと真紘と一緒にいる時間は増えていただろうなと、陽向は思う。そうすれば、今よりももっと真紘のことを知ることができたのかもしれない。


「あー……眠い」

「あんま無理すんなよ。今から根詰めてたらあと二年持たねぇから」

「ん……でも頑張んなきゃ。夢はビッグなネイリスト、果ては独立」

「んな覇気のない声で言われてもな」

 真紘はおかしそうに笑った。笑うと途端に少年のような無邪気さが全面に出るので、ギャップがずるいといつも思う。


「ね、ちょっと体重かけていい? 寝ないけど目瞑りたい」

「次の駅で俺と場所入れ替わるか?」

 真紘は乗降口の座席の仕切り板に体を預けている。仕切り板に寄りかかった方が目を閉じるにはいいんじゃないかと真紘は言うけれど、それは望んでいない。

「このままでいい。ちょっとだけだから」

「じゃあ膝から落ちないようにしろよ」

「うん」


 陽向は満員電車にかこつけて少しだけ真紘に体重を預ける。前で抱えていたリュックが真紘との間を邪魔するので、持ち手を掴んで膝のあたりで持った。重く感じてしまうけど、これでいい。どう見ても陽向が真紘にしな垂れかかっている図にしかならないだろうけれど、これでいい。


 電車内はひどい混雑で人のことを気にしている余裕はないし、わずかな隙間でスマートフォンをいじっている人も多い。誰も陽向たちのことを注視している人なんかいないだろう。だから少し、男が男にもたれていたって誰も気に留めたりしない。


 満員電車、グッジョブ。すし詰め状態の電車が嬉しい人なんてそうそういないに違いない。


 入野陽向は、もうずっと、柳木真紘に恋をしている。



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