「テルサ様の要望通りに致そう」
実にあっさりと、ラモン教皇は決断を下した。
ここは応接室の隣の部屋。
全員でここでテルサの要望について相談する、と言いながら、誰の意見を伺うことも無くラモン教皇は結論を出した。
「殺すのですか? カグヤ様を……」
聞き違いではないかと、サファース枢機卿が慎重に確認する。
「然様。他に選択肢は無かろう? ──ゼルレーク団長、まずはカグヤ様を『特別客室』に案内せよ。要望通り、決行は今夜とする」
「御意」
ラモン教皇の命令を受けて、ゼルレーク聖騎士団長が退室しようとする。
「お、お待ち下さい……!」
思った以上に声に力が入ってしまった。
驚いたのか、その場の全員がピタリと動きを止めて私を見遣る。
「おいおいラウル君、教皇猊下の決定に異を唱えるのか? 身の程を
新米聖騎士の分際で、教団の最高指導者にして自身の祖父でもあるラモンに口出ししたのが気に食わないのか、ザッキスが普段にも増して不機嫌を露わにし、私の肩をぐいと掴んだ。
「まあ良い、ザッキス。ラウルは真面目で優秀な青年、口を出すのはそれだけ職務に熱心ということ。発言を許可する」
言われ、渋々ながらザッキスが手を離す。
「寛大なお言葉、感謝します」
まず礼を述べてから、改めて意見を口にする。
「決断を下すのは、
人の生き死にを左右する決断は、慎重に下さなくてはならない。
死んだ人間は──アンデッド化は別として──決して生き返らないのだから。
「ラウルよ、其方はゼルレーク団長の子息なだけあって優秀だ。私も大いに期待しておる。されど聖騎士になってまだ日が浅い故に、
「は……」
ラモン教皇がポンポンと私の肩を叩く。
「良いか? お二人の過去など、この際問題ではないのだ。私は別に知りたいとは思わぬ」
「問題では、ない……?」
「元より異世界の事情、我らには確かめ様の無い話なのだ。重要なのは『聖女』であるテルサ様の要望という点である」
にこり、とラモン教皇が人の
「我らが神より与えられし使命は『邪神の息吹』を鎮めること。そのためには『聖女』テルサ様の御力が欠かせぬ。となると栄耀教会としては、テルサ様とは長期的な信頼関係を築いてゆかねばならぬ。そうだな?」
「
「しかし、もしここで要望を突っ
カグヤが退室するまで返答を控える、と言った彼女なら充分有り得る話だ。
『聖女』の機嫌を損ねて協力を渋られたために、救えるはずの者が救えなかった、などということになっては笑い話にもならない。
「何事も最初が肝心なのだ。元よりこの世界に存在しなかったカグヤ様が消えた所で、誰一人困るものではない。たった一人の生贄で良好な関係の
「それは……」
一を捨てて万を拾う。
政治とはそういうものだということくらい、私とて分かっているつもりだ。
「本当にカグヤ様を暗殺するとして……
「案ずるな。カグヤ様は手違いで召喚されたため、丁重な謝罪の後、速やかに元の世界にお帰り頂いた、ということにすれば良い。どうせ確かめる
この世界から消失するという点では、帰還も暗殺も変わらない。
最早ラモン教皇にとって、カグヤの命の重さは無いも同然らしい。
こうなると何だかカグヤが哀れに思えてきた。
こちらの都合で訳も分からず召喚されたかと思えば、こちらの都合で訳も分からず暗殺されるのだから。
しかし、テルサの言うように三人もの命を残酷に奪った殺人者であれば、そんな末路を辿るのも因果応報と言わざるを得ない。
サウル教に於いて親殺しは、聖職者殺し、皇族殺しに次ぐ大罪として扱われるが、そもそもどんな理由があろうと、生み育ててくれた相手を手に掛けるなど教義以前に道徳的、倫理的に赦されるはずが無い。
加えて宗教指導者の命まで奪ったとなれば、例えそれがサウル教と全く接点の無い異教であっても、同様の立場に就く者として、ラモン教皇の眼には
「教皇の名に於いて命ずる。今夜中に大罪人カグヤ・アケチを暗殺せよ。ゼルレーク団長、其方が直々に部隊を率いて討ち取るのだ」
「御意」
聖騎士団長を務める我が父を実行部隊の指揮官に任命する所に、ラモン教皇の本気度が見える。
「ラウルとザッキス君も加わってくれ。神への忠義を示す良い機会だからな」
本気なのは父も同じようで、いつものことながら眼に揺らぎが無い。
「喜んでお供致します。何ならこのザッキスが、殺人者カグヤを討ち取って御覧に入れます」
ザッキスに至っては、この事態を喜んでいる風にすら見える。
手柄を立てるチャンスと捉えているのか、それとも堂々と弱い者いじめができるチャンスと捉えているのか──恐らくはその両方だろう。
「ラウルよ、頼んだぞ」
「……御意」
笑顔の教皇に背中を押されては、もうそれ以上何も言えなかった。
教皇と枢機卿に一礼してから、早速歩き出したゼルレーク聖騎士団長とザッキスに続いて歩き出す。
「ラウルよ、少し待て」
「何でしょう?」
サファース枢機卿に呼び止められ、振り返る。
「その足の裾に付いているのは何だ?」
指を差された場所に視線を落とすと、何かが張り付いていたのが見えた。
暗緑色のそれは、最初は木の葉か何かと思ったのだが──
「ご心配無く。只のトカゲです」
人差し指ほどの長さの、どこにでも居そうなトカゲが一匹。
丁度近くの窓が開いていたので、摘まんだそれをポイと外へ放り投げた。